Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#912 人生を重ねる歌とは~「夜叉萬同心 8」

『夜叉萬同心 8』辻堂

辰巳。

 

どういうわけだか紙の本の読書が全くもって進まない。絶対にKindleが体に馴染過ぎているからだと思うのだが、Kindle Scribeを購入してからというものその勢いに拍車がかかっている。でも、読みたい本や欲しい本は紙のものも多く、早い段階で読んでいこうと思っているものの、なかなか進まないという悪循環。

 

ますます断捨離が必要と考えている。目に入って来る情報を一つでも少なくしたい。そのためには紙の本を減らす必要があるのだが、それがままならないせいか余計にストレスがたまる。ストレスがたまるのでショッピングしたくなる。キッチン道具や紙の書籍がさらに増えるばかりで断捨離は一向に進まない。4月は絶対に自制しなくては。

 

この頃は移動時間が多いので、どうしてもKindleでの読書が増える。今、味わいながら速度を落として読んでいる作品がこちら。


8巻目は辰巳芸者の話だった。辰巳芸者とは江戸にあった花街のうち、深川で芸を売っていた芸者のことを言う。江戸時代、唯一政府公認であった遊郭が吉原である。一方で非公認の岡場所も多々あった。深川も非公認のうちの一つで、遊女だけではなく芸で身を立てる芸者を辰巳芸者と言い、吉原とはまた異なる人気を得ていたそうだ。

 

辰巳と呼ばれる理由は、江戸の地図を見た時、深川の位置が東南にあることが理由である。

 

東西南北の方位と干支や方位神との関係を表している図です。

上は国会図書館のHPで公開されているものだが、下が北になっているのちょっとわかりにくいかもしれない。左上の東と南の間が辰巳である。

 

辰巳芸者のエピソードが好きで、浮世絵などでも描かれているのでつい文具などに描かれていると購入してしまう。辰巳芸者は吉原の芸者とは異なり、芸の質の高さと心意気が魅力だ。粋でかっこいいのだ。

 

江戸の職人や商人が贔屓にした理由は、辰巳芸者の生き方の潔さだと思う。芸は売っても色は売らないといい、吉原が華美に着飾り女らしさをアピールするなら、辰巳は男物の羽織を身に着け、薄化粧にくすんだ色の着物を身に着けた。外側を飾るのではなく、身から出てくる美を磨く。情に熱く、誇り高い辰巳芸者は名も男名を名乗っていた。

 

本書のタイトルであるお蝶と吉次は表紙のイラストにもあるように両方とも女性である。吉次は黒い羽織を着て川辺に立っている。本書はこのお蝶と吉次の物語である。二人は姉妹で、姉のお蝶は鍛冶屋となり、妹のお花は辰巳芸者となった。二人がこの道を進むには母親の影響が大きい。

 

母親のお笙は幼い頃に豊後節の師匠に売られ、その後豊後節の語りを厳しくしつけられた。師匠とともに日々芸を売り、どうにか暮らすことができていた。豊後節は風紀を乱すという理由で上演を禁止されていたのだが、お笙の師匠は頑なに豊後節にこだわった。

 

豊後節浄瑠璃で、心中を扱う内容が多いとのことだ。お笙は後に縁に恵まれ二人の娘を産む。お蝶とお花はともに愛らしく、夫も優しく幸せの中にあった。母親になってからは三味線を手にすることもなく、家族のために生きていた。ところがある日夫が事故で命を落とす。二人の娘をたった一人で育てなくてはならなくなったお笙は、再び豊後節を謳った。夫を亡くしたお笙が豊後節にこだわった理由がなんとなく心に浮かぶ。苦しさと寂しさを豊後節にぶつけていたのかもしれないと思うと、今度は豊後節を聞いてみたい気持ちになる。

 

他のものであれば舞台にだって上がることができる。そうすればもっと稼ぎも増えるはずだ。しかしお笙も師匠同様に豊後筋以外を演ずることはなかった。二人の娘もいつしかお笙に並び豊後節を演じるようになり、加えて二人の美しさは評判となる。

 

美しく育った娘はお笙の手を離れ、今はだた一人、夫と暮らしていたその家に居続けた。しかし一人になってからは痴呆の症状が出始め、通いの手伝いが来ているのにも関わらず、気が付くと一人で家を出ていなくなることもあった。いつものようにお笙がいなくなったあくる日、お笙は河原で倒れているところを発見されるも、すでに息はなかった。

 

同じ日、水戸藩では侍が一人いなくなるという事件が発生していた。水戸藩ではこれを秘密裡に調査するとし、江戸の下屋敷に水戸の本家より一人の武士が現れた。江戸の土地勘も人脈もなかったことから北町奉行所の奉行へ力添えを求める。お奉行の指示は七蔵へこの事件を決して表に出ることのない様に、絶対に町方が調査しているという噂が流れてはならぬというもので、七蔵は密に聞き取りのために深川を訪ねた。

 

ストーリーはいつもの北町奉行所のメンバーが中心となる調べものと、お蝶と吉次姉妹の過去に触れるものが交互に現れる。どこかで通ずる部分がありそうではあるが、なかなかうまくつながることなく進む。しかし映画を2本見た後のように、大きな嵐が去った後の余韻がいつまでも続く。

 

本シリーズも手元に残るのはあと1冊。ゆっくり味わいたい。