Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#331 秘境、なるほどな(笑)

 『最後の秘境 東京藝大ー天才たちのカオスな日常 1巻』土岐蔦子著

上野にある秘境。

 

 

たまたまネットで情報を探している時にみつけた一冊。本当は書籍で読もうと思ったんだけれどマンガもあるとのことで、しかも1巻目はKindle Unlimitedでも読めるとあり早速読んでみた。

 

芸事の才能のある人は心底羨ましい。絵が上手とか、楽器の演奏ができるとか、憧れ以外の何物でもない。本書は著者の奥様が藝大生ということで、その奇妙な生活というか、自由さというか、非凡さについて書いたもので、マンガにされた著者も藝大卒らしい。

 

偏見になりかねないけれど、藝大生というとやっぱりどこか普通と違う独特の個性をお持ちだろうというイメージがある。唯一無二感があって、個性が輝き、一般人の社会性とは別の基準で生活しておられるような、とにかくどこか「すごい」人たちの集団、そんなぼんやりとしたイメージを誰もが持っているに違いない。身近におられる奥様が藝大生である原作者にとってはすでにそれが普通になのだろうけれど、芸術の世界から遠いものには驚きなことががくさんあった。

 

まず、藝大には美術を学ぶ「美校」と音楽を学ぶ「音校」に分かれているということはざっくりと知ってはいたけれど、それぞれの学科がかなり細かくわかれていて芸術分野のすそ野の広さを感じられる。そもそも「絵」とは言っても洋風和風とあるようだし、使う絵具も異なるらしい。きっちりと流派が分かれているような印象だ。

 

そして、美術は結構な機械を使っていること。考えればわかることなのだけれど、木彫りにしても材料の木材がなくてはならず、それを切るにはチェーンソーなどの機材が必要だ。木ならまだ優しいほうで、鉄材など鉄工所に置いてあるような機械を使っている。

 

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なんかもう視点も独特だし。

 

芸術家には五感で美をキャッチするようなところがある気もした。受験の話が結構でてくるのだが、その受験自体もかなりトリッキーで、絵を描いて提出するにしても受験なのに野外に出るなど日本とは思えない自由さに溢れている。

 

いわゆる天才と呼ばれる人たちの一面に触れられるような作品で、「どうして藝大に?」と学生に直にインタビューした内容がベースとなっているので信憑性もある。書籍のほうは少し古い内容のようだけれど、マンガは割と最近でとても読みやすい。

 

若いうちに自分の才能を信じて伸ばせる環境というのは羨ましいと思った。

#330 列車での事件、定番中の定番ですがやっぱりおもしろい!

 『青列車の秘密』アガサ・クリスティー

ポアロシリーズ第5弾。今度は列車です。

 

いつもHuluでBBCを見ているのだけれど、東京オリンピックのためのトレーラーがちょっと面白い。そうか、イギリスでは極東の日本をこう見てるのか!というイメージをつかむのにまさにこれ!という感じ。

 



そんなオリンピックのゲーム自体にはあまり真剣には見ていないのだけれど、団体競技になると見ちゃうような予感。なんだかんだと楽しんでるかも。

 

クリスティ文庫を1から順に読んでいるのだけれど、なんとなくのめりこめていない。その理由が5冊目にしてちょっと見えてきた気がする。理由は翻訳にある。5巻目まで翻訳者がそれぞれ異なり統一性がないためか、同じ作家のシリーズ作を読んでいるような気持ちになれず、前作とのギャップに慣れるのに時間がかかる。

 

ひとまず基本情報から。

Title: The Mystery of the Blue Train

Published: March 1928

Translator: 青木久惠

 

翻訳家の青木さんは1943年生まれ、早稲田大学文学部英文学科卒とのデータがあり、他にもクリスティ作品の翻訳もあるようだ。Amazonを検索してみるとアーロン・エルキンズの翻訳本のほうが多かった。

 

4巻目に戻ってきたポアロの親友のヘイスティングズ、また5巻ではいなくなっており語り手はいない。ポアロには新しくGeorgeという執事が登場して、ポアロの傍らで生活を支えている。とはいえ、ヘイスティングズのように推理につきあったりはせずココアを出したりとかそんなところ。英語読みでは「ジョージ」だけれど、ベルギー人のポアロはフランス語で「ジョルジュ」と呼んでいる。それがちょっと好き。

 

ココアといえば、5巻目でポアロが「イギリスではおいしいココアが飲めない」的なことを言っており、つい「わかります!」と言いそうになった。フランスのショコラショーは最高だもの!

 

ということで、今回のポアロは一人で推理の現場に向かっている。タイトルにあるように現場は列車で、本書ではBlue Trainをブルートレインとカタカナで訳してある。列車はパリから南仏の海外まで向かうもので、途中でリヨンの駅を通る。南仏、いいなあ。そもそもポアロは事件解決のために汽車に乗っていたのではなく、たまたま乗り合わせていた列車で事件が起きるという設定だ。

 

今回ちょっと気になったのは、おそらく原文では 「"ABC" said Poirot.」となっていたと思われる文章を「『ABC』とポアロ。」と訳されている。「~と(名前)。」という表現が多いのだけれど、~said someone.と思われる文章が何か所かこのスタイルで訳されていて、もう少し違った訳があったのではと思ったりもした。

 

しかし今回も登場人物が次々と現れるのだけれど、聞き手になる人がいないのでポアロの頭の中でどんな風に推理が進んでいるのが見えてこないことでより謎が謎を呼ぶ感がすごい。次々読み進めればもう少しポアロの推理スタイルが見えてくるのかもしれないのだけれど、今はまだまだ圧倒されっぱなし。

 

評価:☆☆☆☆

おもしろさ:☆☆☆☆

読みやすさ:☆☆☆

 

 

#329 暑い日にはやっぱり推理小説ですね、ということで第4弾

 『ビッグ4』アガサ・クリスティー 著

ポアロシリーズ第4弾。

 

梅雨あけ早々30度超えの日々が続いているのに、暑さを利用した代謝アップを心がけているのに、なぜか太るばかりの今日この頃。果物の食べすぎだろうか。果物と言えば、私はデラウェアが大好きで夏になったら毎日のようにぶどうを食べていた。このデラウェアが海外ではなかなかお目にかかれない。デラウェアというのは調べてみるとアメリカ産のぶどうで、デラウェア州ではなくオハイオ州デラウェアが産地らしい。アメリカでは普通に売っている種類なんだろうか。そしてこのデラウェアは糖度が高いので糖質制限などの食事制限には著しく向かないタイプの果物と言うことになる。果物はシーズンが決まっていて年中食べられるものではないせいか旬の時期に食べておかなくてはという意識が働きすぎるのかもしれない。今週はデラウェアを少な目に、その代わりに桃とキウイを食べている。

 

さて、推理小説の夏、アガサの夏を満喫している2021年。オリンピックがスタートしたというのにスポーツニュースはチェックしていてもゲームまではあまり見ないでいる。でもやっぱりスポーツ選手は美しく、一度見始めると止まらなくて、ストイックにひたむきに自分の全てを傾けることができる精神美にもとてつもなく惹かれてしまう。しかし、私はスポーツはできないし一生かけて頑張り続けているものもないけれど、この夏はクリスティ文庫を読み上げる!という使命がある、と思うことにした。クリスティ文庫を読むにあたり、順番はこちらの本に従っている。

 


一冊読み終えたらガイドブックの内容をチェックし、自分の感想と照らし合わせて1冊まるまる消化し楽しんでから、次に読む本のタイトルをチェックしている。Kindleで読んでいるのだけれど、こんな感じの構成になっている。

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タイトルの横に著者の感想が書かれているのだけれど、この本に限っては評価も低く、「同じ作家とは思えない」とのコメントが。次に読む本のタイトルのみをチェックして次の作品を読み始めるのだけれど、今回はこれが目に入ってしまって読む前から期待感は低めだった。そうか、これはあんまりなのかもなーという偏見を持ちながら読んでいたのでなんとなく読む速度も遅くなってしまったように思う。

 

まず、基本情報を。

Title: The Big Four

Published: January  1927

Translator: 中村妙子

 

とてもとても有名な中村妙子さんの翻訳。思った通りに読みやすく、イギリスの背景にもお詳しいという思いがあるせいか、翻訳家のお名前をみてテンションがあがった。

 

ところで、本書には訳書あとがきがあったのだけれど、どうやらこの作品が世に出る直前、アガサの失踪事件というのがあったらしい。夫の不貞に傷ついたアガサが11日間行方が分からなくなったというもので、前作で一気に人気作家となったせいでこの失踪事件は大々的に報道されてしまったらしい。実際は親戚の家にいたとのことだけれど、翌年には離婚。夫は愛人と再婚したようだ。

 

そんな辛い心境の中で書き上げた作品というのだろうか、ガイドブックは酷評している。まず、ビッグ4という悪の組織があり、それにまつわる短編を後ほどまとめたのが本書とのこと。確かに短編もそれぞれ曖昧な終わり方になっているし、読んでいる間に「このシチュエーションどこかであったな」と思えるようなものがいくつか出てくる。これはシャーロックのドラマで見たような、日本の2時間もので見たような、とうっすら既視感を感じつつも最後まで読み進めたのだけれど、終わり方も「これ、まだ続きある?」な微妙さ。確かに全体的にハリウッドのB級映画的なのだ。

 

ガイドブックの最後の部分、これがしっくりくる。

かつて ロナルド・ノックス は「 探偵小説 十戒」 の なか に、「 中国人 を 登場 さ せ ては なら ない」 という 項目 を おい た。 なぜ、 こんな 妙 な 項目 を 設け た のか、『 ビッグ 4』 を 読め ば 腑 に 落ちる。「 中国人」 という もの が、 当時 どんな 文学的 小道具 だっ た のかが よく わかる から だ。「 噂 は 聞く けど 見 た こと の ない スゴ そう な 異国 の 人間 たち」。 それ が 当時 の 中国人 で あり、 そういう ツール を 安易 に 使っ て 物語 を つくる と、『 ビッグ 4』 の よう な 大 惨事 が 引き起こさ れる わけ で ある( いま の 欧米 で いう「 ニンジャ」 に 近い か)。   エンタテインメント 小説 の 研究 者 以外 は、『 ビッグ 4』 を 読む 必要 は ない。 単に 出来 が 悪い のみ なら ず、 この 小説 の 消費期限 は、 決定的 に 切れてしまっているからだ。

 

ビッグ4は国際的組織で、アメリカ人、フランス人、中国人が登場する。その不思議の役どころが中国人にこれでもか!という風に詰め込まれている。今やネットがあるので中国とヨーロッパの距離は縮まっているとはいえ、それでも今も謎の国なのは変わらない。20世紀初頭ならばもっともっと不思議は深く、謎どころか良し悪しの判断すらつかなかったと思う。中国がやたらと出てくるせいか、うさんくささがものすのすごい。そのくらい、アガサのプライベートのショックは大きかったんだろうなと思う。

 

映画化するなら、きっと昔は有名だったけれど今は落ち目の俳優さんが登場しそうな感じ。これは翻訳の上手さを愉しむ一冊のような気がした。

 

評価:☆☆

おもしろさ:☆☆

読みやすさ:☆☆☆☆

#328 たしかに「ひと工夫」でレベルアップしそうです

小林カツ代のお料理入門 ひと工夫編』小林カツ代 著

懐かしい懐かしいナポリタンをおうちで。 

 

いやいやついに来ましたね、オリンピック。先回のオリンピックから5年、コロナ禍があったせいか前のオリンピックのことなどあまり思い出せない。前のオリンピックってどこだっけ?と思わず検索してしまうほどで、もともとスポーツにそれほど関心がないせいかお祭り気分もちょっと薄め。とはいえ、世界のイベントなので各国の放送局が日本入りしており、BBCの好きなキャスターが日本入りしていてちょっと嬉しい。

 


この方のニュースは安心して見ていられるのでとても好き。日本はどんな風に伝えられるのだろうかというのも興味深い。イギリスの方、この湿度と暑さに耐えられるのだろうか。

 

とはいえ、開会式はなんとも微妙な印象としか言いようがない。大金注いでこれ?という気持ちもあるけれど、コロナ禍という大きな制限があったことは否めなく、個人的にはピクトグラムドラクエと過去を振り返る映像に著名なアスリートの写真が多くでたことが楽しめたポイントだったように思う。あ、あとドローン。

 

さて、今日も紙の本を。本書は文春から出ている新書サイズのレシピ本で、本来はこの前に一冊あるのだけれど、間違えて「ひと工夫編」から購入してしまった。

 

この本に出てくるメニューは学校の給食に出てきそうな、子供も大好き、大人も大好きなメニューが多い。レシピ時代はどんな料理家さんの本にもありそうなものが多く、特にはじめてのお料理にでてきそうな種類の手順のシンプルなものが多い。なかでもトーストメニューなどは朝さっと作れるわりにはちゃんと手作りなレシピになっている。

 

子供が好きなメニューと言えば揚げ物で、から揚げは今や専門店が出来るほどになっている。そういえば昔はから揚げなんておうちでつくるお母さんメニューだったのに、今はいたるところにから揚げ屋さんがあるし、スーパーの出来合いメニューでも人気の品。家で揚げ物すると掃除が大変だからっていう気持ちもわかるけれど、揚げたてアツアツは本当においしい。でも最近のから揚げは冷めても美味しいからそこにスペシャル感があるのかな、とも考えられる。

 

そのから揚げにもコツがあるそうだ。少な目の油でじっくりと中の水分を飛ばすように揚げるのだそうだ。定番メニューを「ひと工夫」でバージョンアップになるのがよくわかる一冊になっている。

 

あとがきをカツ代さんの娘さんが書いておられるのだけれど、懐かしい母の味があるとありしんみりした。

 

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#327 どの世代にも愛される料理ってありますよね

『一生食べたいカツ代流レシピ』小林カツ代。本田明子 著

 高齢者でも食べやすいカツ代さんレシピ。

 

連休中に少し家の中を片付けようと思い、やっとの思いで本棚に少しだけスペースを確保できた。断捨離も服や雑貨ならば「すでに十分使わせていただきました」と処分することができる。コンマリさんのおっしゃるsparkling joyなるものも感じやすいし、はっきりと手放すタイミングじゃないことを感じられるのだけれど、こと本となるとなかなか手放すことができない。一度手に取ってしまうとまだまだ語り掛けてくれるものがある気がして「次回にしよう」と、また書棚に戻してしまう。

 

今回は確実に時代遅れ感をもたらすファッション関連の本を悩みに悩んで10冊ほど処分した。とは言え、10冊では今未読の本を読み終えてもスペースはまだまだ足りない。未読の本は籠に入れて置き場所を作っているのだけれどすでに籠はいっぱい。つい便利なのでKindle本ばかり次々と読んでいたけれど、紙の本を読み進めないことにはいつまでも籠から本は溢れたままで、籠と言ってもかなり大きいこんなのなので多分50冊以上の本が入っているはず。欲しいと思うと次々買ってしまうけれど、書籍の場合は1食抑えるくらいで1冊購入できる。洋服やアクセサリーより財布の口が緩みやすいせいか籠周辺に本の山ができつつある。これは少しでも読んでいかなくては。

 

 

ということで、クリスティーの夏の合間に料理本を少し読んでおくことにした。本書は少し前に買った本で新書サイズで読みやすく、写真もカラーで使える一冊だと思う。

 

本書はカツ代さんと本田明子さんとの共著のようになっているが、実際に筆を取られたのは本田さんで、本田さんはカツ代さんの一番の内弟子なんだそうだ。本来弟子は取らないと言っていたカツ代さんのもとへ押しかけていったと本書にはあるけれど、きっとなにか感じられるところがあったからこそ迎え入れたんだろうなと思った。

 

本書はカツ代さんのレシピをもとに、カツ代さんの他界後に本田さんがレシピをまとめたものとなっている。師匠のカツ代さんは67歳でくも膜下出血で倒れられ、2014年に他界された。カツ代さんは生前、その時代、自分の年齢、家族の年齢に合わせて料理のレシピを考えてきたけれど、これからは70歳、80歳、90歳の人が作る、もしくは食べるレシピを考えたい。だから92歳まで生きるのだと仰っていたそうだ。

 

32年間、カツ代さんを師匠としそばで過ごされた本田さんが選ぶレシピは確かに高齢者でも食べやすく、そして食べたいと思わせるもののように思えた。おじいさんやおばあさんはみんな消化のよい柔らかい食べものが食べたいわけではないと思う。肉好きな人はずっと好きだろうし、野菜や果物だって食べたいはず。でもどんなに若い頃から好きなメニューだとしても、体の変化によって食べにくくなったりするものもあるだろう。でも、食べたい。それをどうすれば食べやすくできるのかを追求した1冊だ。

 

本書によるとカツ代さんと言えば「肉じゃが」なんだそうだ。1つ目にあげる料理として肉じゃがが挙げられているのも本田さんにとっても思い出深い一品だからだと思う。

 

優しい肉じゃが

小林カツ代の肉じゃが」といえば、師匠の代名詞になってしまった人気料理です。しかし、師匠は70代、80代の人にも食べやすいよう、改善の余地ありと考えていました。

(中略)

少し話はそれますが、「小林カツ代の肉じゃが」も最初からあのレシピだったわけではありません。私が弟子入りした1980年代は、まず肉と玉葱を炒め、すき焼きのような味付けをして鍋からいったん取り出し、甘辛い味が残った鍋にじゃが芋と水を入れて煮る、芋に火が通ったところで、肉と玉葱を鍋に戻すというやり方でした。それがだんだん進化して、最終的には関西風すき焼きのごとく、まず玉葱だけを炒め、肉を鍋底に置いたら、そこをめがけて砂糖、みりん、しょうゆの順に加える。その後、じゃが芋と水を入れてフタをし、一気に強火で煮るようになったのです。これが、TV番組「料理の鉄人」で日本中に知られるようになった「小林カツ代の肉じゃが」。

 

じつは私はあまり肉じゃがが好きではない。とくに甘めのものが苦手で、中でも甘めの玉ねぎがたっぷりなものが苦手。さらには牛肉を使う地域と豚肉を使う地域があり、使う部位もちょっとずつ異なる。両方食べてみて感じたことは、牛肉のほうが甘みが際立って苦手度が増すようだ。肉じゃがはお母さんの味とか、彼氏を落とす必須料理的なイメージがあるだけに苦手宣言すると割と驚かれる。思えばすき焼きもあんまり好きじゃないんだよなーと思うと、甘めの肉料理が苦手なのかもしれない。

 

そんな私でもカツ代さんのレシピならメリハリあって食べたくなるかも、思うようになった。本書では肉問題よりもじゃがいも問題のほうが肝心と言っており、メークインか男爵かに熱い思いを添えられている。

 

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自分でアレンジする時はじゃがいもではなく大根を使うことが多い。あともちろん甘みも抑えてある。たまに里芋とかサツマイモ入れてみたりするけれど、やっぱり砂糖やみりんは控えめ。

 

このレシピの火加減なら甘みがにじまない気がしてやってみようかな、という気になった。肉じゃがはいつがおいしい季節なんだろう。煮込む料理がちらほら多かったのでなんとなく冬のレシピのイメージが強く残ったけれど、作りやすいメニューが多くこのシリーズは円作揃える予定。

#326 ポアロシリーズ第3弾にして読み応えのあるスゴいの来ました

 『アクロイド殺しアガサ・クリスティー

ポアロシリーズの第3弾。

 

待望の連休スタート。去年は在宅勤務が多かったせいか体が緩い感じでコントロールされてしまったような気がする。今年の春から時差勤務をしているけれど、同じ労働時間でも出勤しているほうが疲れがどっとでるのはなぜだろう。移動時間?対人関係?環境?在宅のほうが仕事はかどっていたような気もするのは気のせいだろうか。

 

さて、今のところ良いペースでアガサ・クリスティーで夏を満喫しているのだけれど、この連休の間にたまりにたまっている紙の本も読まなくてはなと思っている。紙の本は置き場所の問題があるので時々入れ替えをしているのだけれど、料理関連本は永久保存としてもファッションやインテリアの本は時々古く感じるものは処分していかないと小さな部屋に置くところがない。本当に切実な問題なのです。ひとまず、本棚以外の場所にある本をどうにかしたい!それもこの夏のうちに!とまたもや夏に大きな目標を立ててしまった。

 

さて、第3弾目の基本情報からおさらいしたい。

Title: The Murder of Roger Ackroyd

Publication Date: June 1926

Translator: 羽田詩津子

 

クリスティ文庫以外はちょっとオブラートに包んだようになっていて「殺し」ではなく「殺人事件」となっている。2弾目が「ゴルフ場殺人事件」なんだから同じような感じでもよかったのでは?と思うけれど、このタイトルも読了後では「そうだよね、タイトルからして只ならぬものがあったもの!」と絶賛してしまうほどにとにかく面白かった。

 

舞台はKing's Abbotという田舎町でこちらも架空の街のようだ。リバプール行きの電車が出ているところで、それ以外には特に何もないような本当にごく普通のイングランドの田舎町を思わせる。そんな田舎になぜポアロがいるのかというと、友人のヘイスティングスがなんとアルゼンチンに行ってしまったとのことで、ひっそりと引退生活を送るために選んだ土地がこのKing's Abbotだったとのこと。

 

ここでヘイスティングスの不在ということで、語り手はどうなる?問題が現れるのだが、今回はたまたまポアロが借りた家のお隣に住むシェパード医師が勤めている。探偵と医師のコンビと言えばまさにホームズとワトソン!それだけでもテンションのあがる読書となった。

 

田舎町にはありがちなことで、特にイギリスの1900年代初頭をテーマにしている作品だと噂話というのは必ず出てくるキーワードのように思う。情報通のおばちゃんがいて、退役軍人がいて、教会があってというのが定番中の定番だと思うのだけれど、今のところクリスティの小説3冊の中では教会は登場していないように思う。

 

このシェパード医師の住むKind's Abbotもそんな街の噂話以外に娯楽のない田舎町だった。タイトルになっているアクロイド氏は地元の富豪で初婚で連れ子のいる女性と結婚するも、妻に先立たれて連れ子を自分の子供の様に愛を注ぐ。そしてカナダへ渡った氏の弟が亡くなり、未亡人と姪も氏のもとへ身を寄せている。そんな中で殺人が起こるというお話。

 

余り多くを書くとネタバレになってしまうのでプロットはここまでに。それにしても第3弾にしていきなりすごいの来た!と読了後の満足感が半端なかった。読み進めていて全く予測ができなかったし、なにより綿密さが増しているのがまたすごい。手品を見た後のような、見た目と味の差が大きな不思議な料理を食べた後のような気分になった。

 

原文で読んでいる人ならば読み進めながら各所にちりばめられたヒントに気が付いたのかもしれない。翻訳文もすんなり読み進められるのだけれどスイスイとストーリーにのまれて読み進めてしまい、読み終わって「もしやあれは!」と後になって手の内に気が付いてしまうような構成になっている。いったいどうすればこんな裏をかくようなストーリーを思いつくんだろうというくらいに秀逸。

 

翻訳も大変読みやすく、2弾目とは違いムッシューの繰り返しもなく、フランス語のところもちゃんと和訳の横にフランス語が記入されていた。強いて言えば、3弾目ではmon amieを「わが友」と訳しているけれど、1作目は「モナミ」と訳していたので気になったくらいだろうか。後半ではモナミになっているところもあったように思う。

 

翻訳者はお茶の水女子大学英文学科を卒業後、20代から翻訳の世界に入られたとのこと。年に2~5冊の翻訳本を出版しておられるようで、推理小説の分野が多いようだ。今まで3冊がすべて違う翻訳家なのでなぜ同じ翻訳家さんにお願いしてないのかな?という素朴な疑問が残る。

 

この本ですっかりアガサワールドに取り込まれてしまった。シリーズ完読したらもう一度読み返してヒント探ししたいと思う。原語でも読みたいな。

 

評価:☆☆☆☆☆

おもしろさ:☆☆☆☆☆

読みやすさ:☆☆☆☆

 

 

 

 

#325 クリスティ文庫2弾目 Linksは海沿いのゴルフ場のことを言うんですね

 『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー

ポアロシリーズ第2弾。

 

明日から連休かと思うと気持ち的にはワクワクなのだけれど、まったくもってオリンピック感がないのはなぜだろう。街中を歩いていても祭りモードもなく、ひっそりといつも通りの暑さに包まれているだけの夏に見える。7月の連休の後はお盆までまた普通の日々を送るわけだけれど、今年はその間にオリンピックがある!とはあまり思えないのはなぜだろう。

 

とりあえず、夏を満喫するためにも「夏読書」のテーマを決めておいてよかったなと思う。この夏は大人買いしたハヤカワ文庫のアガサ・クリスティーシリーズを出版順に読むことにした。本書は2作目にあたる。

 

本作の基本情報はこちら。 

Title: The Marder on the Links

Publication date: March 1923

Translater: 田村義進

 

和訳のタイトルは「ゴルフ場」だけれど、英語でLinksという表現があることを知った。じゃらんゴルフによると、 

リンクスとは、海沿いに存在し、自然の地形を利用した平らで砂地の多いゴルフ場のことを指します。ゴルフ発祥の地と言われるスコットランドでは、ゴルフコースのことをリンクスと呼びます。リンクスと認定されるには、小さく深いバンカーを数多く設置するなど、いくつかの定義を満たしている必要があり、海沿いの地形を利用したコースというだけでは不充分となります。

 

なるほど!2弾目の舞台はイギリスではなくフランスで、ポアロヘイスティングスは依頼を受けたフランスの別荘地Merlinvilleを訪れる。富豪からの手紙で助けを求めるものだったのだが、二人が訪れた日に送り主の死を知るところから始まる。この地名、検索してみても架空のもののようで、飛行機メインではない当時で言えばイギリスのドーバーからフランスのカレー間を船で移動するのが主流で、このMerlinvilleはカレーから車で1時間半くらいらしいので海沿いっぽいと言えばそうとも言える。

ポアロはベルギー人なのでフランスでも知名度も高くパリ警察でも知られた人のようだ。現地の警察ではポアロが事件解決の一助となることに喜ぶ者もいれば、すでに引退した古いタイプの調査だと目の敵にする者もいた。しかしポアロは自分のペースで絡まりを解いていく。

 

それにしても今回は1弾目に比べて翻訳の違和感をずいぶん感じる読書となった。まず、ポアロヘイスティングスが年の差を超えた友人であるという設定はわかる。ポアロが今やイギリスに拠点を移しているので二人の仲もより近いものとなっているだろうということも想像がつく。が、アガサが作品中の登場人物の年齢を詳しく書いてはいないとは言え、1弾目でのヘイスティングスは30歳、ポアロは引退したばかりというから少なくとも50歳以上60歳未満であろう。とすれば、親子くらいの年の差がある。

 

なぜ年齢が気になったのかと言うと、たとえ二人が一緒に暮らす友人関係で、ポアロが外国人で英語を母国語としないベルギー人であり、英語は日本語よりも敬語のバリエーションが少ないという事情があるとは言え、二人の会話に差異が無さすぎるように思えた。つまりどちらが話しているのかわかりにくいほどに口調が一緒。ため口なのは良い。でも、たとえ家族の会話の場面でも、小説の中では口調の違いにキャラクターの個性があり、家族4人で会話していても口調で話者がだれでどんな気持ちかがすぐにわかる。でも本作ではそんな個性が表にあまり出ず、ただぞんざいに会話している感がある。なんだろう、互いにあんまり関心がなく友達未満風なのだ。そして、フランスの警官が登場し、話者が増えることでやっと誰が話しているのかわかるという状態だったので、何度か戻って読み直した。1弾目にあったポアロは紳士でヘイスティングスが大尉であるという設定は?

 

次に、やたらと「ムッシュー」が出てくる。例えば、殺人が起きたお屋敷の人への尋問の間、「はい、そうです、ムッシュー」「私は家政婦です、ムッシュー」のように、英語の場合はそれが敬語になる場合もあって、軍隊では SirやMadameと語尾に着けるような感じだと思うのだけれど、話す度に「ムッシュー」が登場してきて正直うざい。それ、全部まるまる訳す必要があったのかなとどうしても思えてしまった。「 」内の会話の中に必ず登場するので非常に読みにくいし、おそらく語順の通りに訳していると思うのだけれど日本語感覚だと非日常的では?と感じるところもあった。翻訳家の田村さんはとても多くの推理小説の翻訳作品があるので私の読書力の弱さのせいかもしれないしそういう設定なのかもと思ったけれど、英国のシーン、フランスのシーンでも場所が違う感がわかりにくく、「もっとこうだったらな」と思ってしまうところがいくつかあった。とはいえ、ずいぶん前の翻訳なので昭和はこういうスタイルの翻訳がメインだったのかな、とも思えた。

 

ストーリーとしては1弾目に加えて少しダイナミックな感じがある。エセックスの田舎の時間より英仏を行き来するという場所の移動も多いし、登場人物も一風変わった影のある人々が多い。ヘイスティングスは相変わらず美人に弱く、もしかするととんでもなく女運が良い人なのかな?という気もしてきたり。彼に女性を女神だの天使だの言わせることで007のヒロインがみんなできる美人であるという前提みたいなものをにおわせているのかもしれない。と、思ってみることにした。

 

クリスティーの研究家であれば、2弾目から幅が広がったというかもしれない。2弾目を読むと1弾目は滋味な良さに感じられたかも。

 

評価:☆☆☆

おもしろさ:☆☆☆

読みやすさ:☆