Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#462 和の色の癒しとインパクト、というところでしょうか~「江戸彩り見立て帖」

『江戸彩り見立て帖』坂井希久子 著

色を見極める仕事とは。

 

1月も末となり、そろそろKindle内を整理しなくてはと思っている。すでにコンテンツはまとめてあるのになぜかKindle本体に連動しないという状態が続いているので、本を探そうにも探しにくい。なんの整理もされていない図書館から1冊の本を探すようなことになっているので、既読の書籍の中から再読の可能性が低いものは削除するようにしていかないと。

 

本書は「居酒屋ぜんや」シリーズが終わってしまい、何か似た感じのものを読みたいなーと思っていた際に購入した一冊だ。

 


「居酒屋ぜんや」は楽しく読んでいたのだけれど、最近始まった新しいシリーズは料理が主体ではないので今後読むかどうかはまだ考え中。

 

さて、本書のテーマは食べ物ではなく「色を見る」ことを特技とするお彩が主人公。お彩の父は摺師であった。摺師とは昔ながらの木版印刷の専門家のことで、お彩の父はその道で活躍する親方だった。摺辰は高い技術を誇る代表格であった。ところが火事でお彩の父は視力を失い、数多くいた弟子たちも去っていく。

 

その去った弟子の中に卯吉という青年がいた。卯吉は今はライバルとも言われた摺久で修行している。お彩はそのことが許せない。父を捨て、そして許嫁でもあった自分を捨てた卯吉は今や鋭いトゲとなりお彩の心にささったままだ。

 

摺師というのは基本3つの色を操り何色もの彩を生む。摺師の家に生まれたお彩は幼い頃から色味の差異に敏感だった。今は古着屋の仕立ての仕事で糊口を凌いではいるが、たまに頼まれれば近しい人の着物の色などを見立てることもする。

 

ある日、お彩は赤富士の絵を見て、その赤さに「これは違う」と憤る。良く言えば竹を割ったようなはっきりした性格だが、お彩の言葉は時に我が強く、きつい。摺った絵を売る先に強い口調で文句を言っていた所、京ことばの男が近づいてくる。この男、名を右近といい、なにかとお彩につきまとう。

 

本作は恐らく続編が出ることと思われるが、1巻目ではこの右近の登場でお彩の生活に変化が出てくるところまでが描かれている。

 

色と言えば、私は和色のペンが好きで見つけるとつい購入してしまう。万年筆のインクなどは惹かれる色が多いのだが持っている万年筆の本数が3本しかないのであまり冒険できていない。最近ではこれがお気に入りだ。

 

 

日本の木版画がヨーロッパに渡り、驚きをもって迎え入れられたという話を聞くことがあるが、もしかすると色の与えたインパクトも大きかったのでは?と思う。上のペンもそうだけれど、和の色にはパステルカラーとはまた違った柔らかさがあり、薄付きなパステルカラーに比べてもっと主張がある。どこか温かみもあれば、冷たさもあり、まさに自然からもたらされた色合いを落としたような美しさがある。もちろん登場人物が着物を着ていれば「ああ、これは日本の美術だな」とすぐにわかるだろうけれど、和の色は遠目にも眼福だったのかも。

 

カラーコーディネーターという仕事があるが、その江戸版というところだろうか。身にまとうものの色はそれぞれ似合い不似合いがあるので、客観的な意見を聞けるととても助かる。お彩の知識は基本摺絵によるものなので、歌舞伎や浮世絵の造詣も深く、ただ肌に合うからだけではなく「どうしてそれなのか」という背景にも触れているところが独特なのかも。江戸時代には華美な生活を禁じられることもあったから、これからどのような色合いの話が出てくるのか楽しみだ。

 

それにしてもここ数年、あたらしい服を買おうとか、リップを買おうとか、ジュエリーを買おう、なんていうことが全く無くなった。こうして考えてみるとファッションに関わるものは、色を楽しむ部分が多かったんだあなーと改めて思う。本当に今年中にコロナは終息するのだろうか。WHOの言葉を信じたいものだ。

 

ところで、昨日ニュースを見ていたら東京江戸博物館が4/1より3年間の改修工事のため休館するとのことだった。コロナでなかなか行けずにいた江戸博物館!改修前には是非行きたい。

 

www.edo-tokyo-museum.or.jp

 

#461 私のストレスなんてまだ軽い方でした ~「ちょっと今から仕事やめてくる」

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川恵海 著

新入社員、青山。会社を辞める。

 

さて、うまく自分の機嫌を自分で取ることが出来なくなり、ついにワークライフバランス関連の本でも読もうかなーと思うようになりまして。本書は以前何かのバーゲンの時に購入したと思われるもので、自分でも買ったことを認識していなかったところを見ると、思った以上に根は深かったのかも…

 

本書の主人公は大卒で印刷会社に就職した青年で青山隆という。会社生活に心がズタズタ。ついに会社に行きたくないという思いから死を考える程となってしまった時、電車待ちをしながらふらりと体が揺れた。あわや!という危機一髪の状態を救ったのは自称同級生のヤマモトだ。電車に飛び込みそうになった瞬間、青山の腕を引いた。救われた青山はヤマモトという同級生のことを覚えてはいなかったが、誘われるがまま居酒屋に行き、以降旧交を温めることとなった。

 

そこから青山を支えるヤマモト、ヤマモトの本当の姿、会社の闇が見えてくるというストーリー。本編には何かの文学賞の受賞作も一緒に収められていたのだが、私はこの作品のみを読んだ。

 

新入社員に関わらず、それぞれの世代が会社においてそれぞれの悩みを抱えていると思う。経営者も、役員も、上司も、部下も、「働く」ことへの悩みを持っていると思う。私も、あなたも、きっと「明日会社行きたくないわー」という夜を迎えた経験があるはず。主人公の青山は、まず環境がかなり可哀想過ぎる。設定は都内にある中堅の印刷会社の営業ということだからそれなりの規模があると想像しての意見。

 

● そもそも会社の構造が謎

⇒ 青山にパワハラを振るっているのは部長。ただ一方的に能無しだと怒鳴るだけで、建設的な指導などは全くない。自分で部下を引っ張るタイプでも、業務の責任を取るタイプでもなく、営業不振による責苦が自分に来るのが嫌がために部下を怒鳴り散らすだけの上司だ。会社によってはこういうこともあるのかもしれないけれど、営業部署に所属された新人の直属の上司が部長?役職つかない平社員と部長の間には課長とか係長とかチームを統率する人がいるのでは?と読みながら思ってしまったけれど、部長も怒鳴るだけで仕事を俯瞰し管理している立場でもなさそうだし、中堅なのに会社のビジネスを支える構造がないのがそもそも謎すぎる。だから部長も騒ぐだけでなんの対応もできない上司に育ってしまったんだろうな。

⇒ トラブル回避、リスク回避の観念が薄くそのための構造を持ち合わせていなさそうなので、悪が蔓延るには格好の会社かも。

 

● 新入社員に仕事を教えるシステムがなさそう

⇒ やっとの思いで受注を取るも、ミスの連発で結局部長に怒鳴られる始末。ミスが発生したのならば原因解明して再発させないための教育があってしかるべきだろうし、そもそもメールなり社内のシステムなり、進捗状況を共有しているのでは?情報を共有していなければ、急な事態に対応することもできないよね。

⇒ どのような受注発注システムなのかわからないけれど、発注時に詳細をダブルチェックしたのに実際の指示内容が異なるなんてことが本当にあるのだろうか。そもそも、その受注案件の生産に対する承認は誰がしているのだろう。本書を読む限り青山が受注発注に責任を負っているようだけど、何が起きているのか上の人間も無関心だったということだろうか。相手先と自分の1対1のやり取りならば、どんな風にリスク回避の手段を取っているのかも謎。

⇒ しかも新入社員の青山が大型受注となりそうな担当先を一人で担当していたそうな。課内の人材不足など、どうしても一人で数件を担当することもあるにせよ、まだ駆け出し数か月の新人さんを放し飼いってどうなんだろう。

⇒ ミスの度に一人でお詫びさせられて、上司どうしたよ!と思ってしまう。そもそも、新人教育って自分の業務の上にプラスして対応しなくてはならないから、教える側は結構大変だったりもする。でも、教える側だってちゃんと学びを得ているし、頼もしく独り立ちしていく様子を見る喜びだってある。対応の道の見えない新人一人の肩に責任乗っけるって相当ひどいよね。そもそもまともな社員を育てようという概念のない会社だからこんなことになってるんだろうな。

 

● 課内のコミュニケーションがゼロ

⇒ 全体に渡り、青山が社内で会話してる人は部長と先輩1名のみ。その他社員は見て見ぬふりなのか、青山と会話するシーンは皆無で課内で助けを差し伸べる先が一つもない。先輩という人も励ましの言葉くらいで具体的な指導も内容だし、全体的に漂う異様な雰囲気がすごすぎる。

 

他にもあれこれ疑問を感じる部分は多々あったのだけれど、なんだかかわいそうな気持ちが先に立ってしまって、読了感は自分のこの頃の状態もあってか余計にゲンナリしてしまった。

 

私は営業担当ではないのですべてに共感できます!というわけではないけれど、会社の闇については「ああ、それよくわかります」とは思える部分があった。仕事で悩むという主題の小説だと営業部署が話題になることが多いし、実際日本のビジネスにおいては営業部署に所属する人の方が多く想像がつきやすいからかもしれない。ぜひコーポレート部門が出てくる小説があれば読んでみたいと思う。

 

世の中にはいろんなハラスメントがあるから、これからも会社が舞台の小説が出てくると思うし、本書への意見も悩みの数だけ人それぞれだと思う。個人的な意見なのでなんの目安にもならないが、心と体が蝕まれるようなら青山のようにその原因となっている職場から脱出することが必要だろう。環境をかえることでまた息ができるようになるはず。収入源が断たれることに不安を抱くこともあるだろうけれど、でも今生きている心地がしないのならばまずは逃げることだと思う。この本を読む限り、私のストレス源なんて本当に些細なものだと思うに至った。怒りを抑えるこつを身に付けなくては。

 

私の闇は、上の人間が働かないことです…。本当にいい加減にして欲しいという気持ちが今一番のストレス。むしろ部長、お前が辞めろ、と言いたい。

#460 高3の過ごし方~「戸村飯店 青春100連発」

『戸村飯店 青春100連発』瀬尾まいこ 著

戸村兄弟の10代終わりの過ごし方。

 

いつ購入したのかも思い出せないくらい、長くKindle内で眠っていた一冊だ。この頃はものすごく気分転換を要しているのでどんどん小説を読んで気持ちを高めていきたいと思っている。

 

さて、「飯店」という言葉、私はやたらと惹かれてしまう。そもそもは学生時代に3駅隣町に「長城飯店」というお店があった。そこのチャーハン定食がものすごくおいしくて、週1くらいのペースで通っていた。ああ、懐かしい。中国からいらした店長さんが腕を振るう小さな店で、今はもう閉店してしまった。あのチャーハン以上の物、食べたことがないかもしれない。

 

台湾に行った時、「飯店」がいっぱいあった。台湾ではホテルを飯店というらしく、たくさんの「飯店」の文字に変に気分が高まった上に、どこで何を食べてもものすごく美味しく、帰りたくない!と思うくらいに楽しい時間を過ごした。なので「飯店」にはつい良い事が待っているような期待を抱いてしまう。いや、中華飯が好きなだけかな?

 

本書は高校3年生の兄貴ヘイスケと高校2年の弟コウスケの物語だ。二人の実家は大阪の下町にあり、家族で戸村飯店を営んでいる。おなじみのお得意さんたちもみんな町の人で、下町特有の壁の無さがある。むしろ初めての人には敷居が高いというべきだろうか。

 

兄ヘイスケは容量が良く、顔も良く、下町っぽさのないタイプ。作文が得意で、小説家になる!と高校を出てすぐに東京の専門学校へ行くことを一人で勝手に決めて来た。弟コウスケは下町での生活を満喫している。そんな二人の高3の時期の2年間を交互に映し出す物語だ。

 

兄ヘイスケが東京に出て来た下りを読んで、ちょっぴり反省したことがある。関西以外の地域に住んでいると、昨今のお笑いの影響もあるとは思うが大阪の人は面白いという思い込みが強くある。みんながみんな陽キャラで、ネタとして語られる関西人の姿が本当のことと思い込んでいる節がある。おばちゃんがいつも飴持ってるとか、アニマル柄ばかり着てるとか、会話のテンポが完全にボケとツッコミでなりたってるとか。これ、大阪の人にしてみたらものすごーくストレスなんじゃあないだろうか。何ごとも決めつけるのは良くないなあ、と小説とは別のことを考えたりも。

 

さて、高3といえば進路を決める大切な時期で、進学するとか就職するとかあれこれ考える際にふと振り返る瞬間があるように思う。まだ17年くらいの人生、思い返すことは家族との関係や友人との関係がメインになるのかもしれない。ここで少しでもぼんやりと心の中に漂うトラウマや弱みや強みの形を掴み取ることが出来れば、少しだけ人生の方向が定まってくるのかもしれない。自分が何をしたいのかなんて大人になってからだってよくわからないし、向き不向きなんてもっとわからない。周りと同じように動けば「とりあえず」進学とか、「とりあえず」家の仕事を継ぐなどなど、まずは一歩前進はするけれど「これでいいのかな?」という疑問は残ってしまう、と思う。

 

ヘイスケとコウスケも家族と、戸村飯店と、町と、自分とをぐるぐると考えつつ、将来の「俺」の姿を探る。戸村飯店の主人である父親と店を切り盛りする母親は二人をしっかりと見守っているし、町のみんなも家族同然に寄り添っている。それが支えにもなれば負担にもなるわけだけれど、二人が前に進んでいく姿は読んでいて嬉しくなる。ほっこりと温かな思いが湧いてくる。

 

コウスケの高校最後の1年の過ごし方は「満喫したる!」という意気込みが感じられてこれまた面白い。部活も引退し、学校行事に没頭し、恋をし、友達との友好を深め、まさにタイトル通りに青春100連発だ。でも、きっと本人は「今、めっちゃ青春してる」なんて思ってはいないはず。後々「ああ、あれは青春だったわー」と思うようなことが山のように綴られていて、共感できる人は多いはず。

 

一方ヘイスケは進路の悩みをどうにか自分の力で解決しようと翻弄する。大人になりきっていない10代後半、それでも高校を卒業するとぐっと大人の世界に近づいていく感がすごい。兄弟同士の本人たちはそんなに仲良くないと思っていても、いざとなったら最後に頼るのはやっぱり兄弟。いいなあ、と思う。

 

疑問を抱いている自分を把握しつつ、あれこれ挑戦することで考えが定まってくるものなのかもしれない。大人になって良かったことは、バイトなり就職なりで自分の力でお金を稼げるようになり、自分の「好き」を探る余裕が出来たことかと思うけれど、それでも「これでよいのかな?」とう気持ちは一生持ち続けるのかな?という思いもある。高校生の頃は受験が一生で一番辛い事だと思っていたけれど、大人になればまた質の違う悩みが湧いて来て、二人の姿に自分のこれまでを思い出したりしていた。

 

受験の時期、なかなか小説を読む余裕なんてないとは思うけれど、ぜひ今まさに進路の岐路を見極める方にはおススメの作品。上に書いていることに反しているようだけれど、大阪人兄弟の会話も面白いし若者を応援したくなる一冊だった。やっぱり「飯店」は裏切らないな!

#459 猫好き、必読! ~ 「猫の傀儡」

『猫の傀儡』西條奈加 著

操られたいし!!!

 

どうしたものか。募りつつある不満の波がなかなか引いていかない。いつもは会社のことなんて1ミリも頭に浮かばないはずだった。家に帰って本を読みだせば会社の存在すら忘れる体質だったはずなのに、この頃は隙間隙間に不満の種が顔を出してくる。非常にストレスフルな日々が続いているのでここは好きなタイプの本を読もうと本書を読み始めた。猫に癒されたい感からの選択です。

 

さて、犬派か猫派かという話題は会話に困った時や、場を和らげたい時なんかにもよくでてくるけれど、これからペットと暮らしたいという具体的な計画を立てている時にも語られる。この度同僚が猫を迎え入れ、周りで急にペット熱が高まった。私は犬も猫も両方好きなので答えを絞れずに毎度困ってしまうのだが、建物の中での生活に限られるのならば完全に猫だ。都内で犬と暮らすには広い場所や散歩などなど、犬メインの生活を送れる自信が無い。経済力って大切ですね(涙)

 

本書の主人公であるミスジは自由を満喫する一匹猫の野良出身で、通いでいろいろな長屋に顔を出すけど、基本自立した立派な猫だ。猫町の中では大変な名誉職に就いている。それは「傀儡師」という役割で、代々しっかりと修行を積み、神官や親方から任命されるそれはそれは重要な仕事だ。

 

傀儡、私はタイトルを見たときに「かいらい」と読んでしまったのだが「くぐつ」と読むらしい。傀儡とはあやつり人形のことで、でくのこと。なんとも疑問を引き寄せるタイトルにどんな話だろうという期待感が高まる。

 

ミスジはものすごくかっこいい。額に3本の線がある。三筋だからミスジだ。江戸っ子気質そのままで弱気を助け、悪を倒す。ただ、猫だから自分で悪を倒すわけにはいかないのが問題で、猫町では代々傀儡を使って困りごとを解決していたらしい。この度ミスジは兄弟子の順松が突然行方知れずになったことから次代として傀儡師を仰せつかった。一方の傀儡はこれも自分で決めることではなく、三役のお偉方がしっかりと見極めたうえで決めてくれる。親方たちが挙げた名前は戯作者を語るニート風な阿次郎だった。阿次郎は大きな商家の次男坊だが、家を飛び出して長屋で気ままに暮らしている。暇を持て余していることも傀儡になる条件の一つらしい。

 

ミスジが傀儡師を志したのは子供の頃に順松に助けられたことがきっかけだった。かっこいい兄貴の姿に惚れたミスジ猫町へ移り住み修行を重ねた。コミュ力も高いし、何と言っても機転が利く。体も軽くてどこへでも飛び乗るし、語学(人間語とか鳥語とか)能力もものすごく高くて交渉上手。かなりできる猫なのだ。現場を見抜く力も鋭利で、テンポよく進むストーリーにどんどん読み手も楽しくなりすぎてヒートアップしてくる。

 

傀儡に選ばれるなんて猫好きには喜び以外の何物でもない。チュール準備して待ち構えていたとしても、あちらが選んで下さらなければならないわけだから、阿次郎が羨ましくてたまらない。しかし、望みはある。傀儡側は選ばれたことに気が付かないのだから、毎日見かけるあの猫たちの中に傀儡師がいるやもしれない。

 

すでに猫と共に暮らしている人ならば絶対楽しめるに違いない一冊だ。日頃街で見かける猫への思いが100%変わるような内容だった。ああ、こんな傀儡ならなってみたいぞ。

#458 上司が無能なので歴史から学ぼうと思ったのですが…~「わが殿 上・下」

『わが殿 上・下』畠中恵 著

大野藩士の幕末。

 

さて、「まんぼう」ですね。私の勤める会社は時短も、時差出勤も、リモートワークも一切実施せず通常業務と変わらない対応を取っている。リモートになることを期待していただけに、より一層月曜日にかかる気持ち的負担が大きいような…。

 

週末、昨今の会社内の環境について思うところがあり、本書を読み始めた。上下2巻となっている。表紙のイラストからも、そして「あの」畠中さんの作品だからという理由で明るいイメージでモチベがあがることを期待しての読書だったのだが、内容は「歴史小説」で、ヒーローと凄腕の部下のお話…。

 

考えてみると畠中さんは「しゃばけシリーズ」の印象が余りにも強すぎて、読者は勝手に過去を舞台とする歴史ファンタジーの担い手として見ているきらいがあるのかもしれない。私もその一人で、つい笑いを求めてしまっているところがあった。ところが本書は一切のコミックリリーフ的要素もなく、淡々と大野藩の幕末の姿を綴っている。

 

歴史に則した内容と思われるが、無知な私はそもそも大野藩についての知識がなかった。まっさらの状態で読み始めたので、途中途中で大野藩について検索し、情報を入れる必要があった。結構な頻度で検索したので、もう少し本書内に補足があってもよかったかなーと思う。

 

大野藩は今の福井県大野市越前大野城を構え、江戸に3つの屋敷を持っていた。大野藩を司るのは土井家で、利忠時代の繁栄期が舞台となっている。わが殿、利忠には忠実な部下がいた。そもそも忠実だったのは利忠に才があったからに違いないのだが、傍に使える内山三兄弟は大野藩の発展に大きな影響を与えていたようだ。

 

もちろん利忠の実績も注目に値するが、本書はその中でも長男の内山七郎右衛門のマネーリテレラシーの高さが軸となっている。そもそも大野藩は小藩で4万石とは言いながらも実質はそれより少ない石高だったようだ。ただ、金を作る手段はあった。面谷銅山が領地内にあったからだ。ただ、生産を安定させるのは難しく、投資は繰り返さなくてはならない。

 

そこで、利忠は膨れ上がるばかりの藩の借金をどうにかせねばならぬと七郎右衛門に白羽の矢を立てた。結構なむちゃぶりだけれど、結果として完済したわけだから利忠には人の才能を見抜く力があったのだろうと思う。さらには部下に慕われていただろうから、役目を与えられれば必ず結果を残したのだろう。互いへの信頼感の大きさが羨ましい。理想的な上司と部下の関係だ。

 

読みどころは七郎右衛門が藩の財政を切り盛りしていく様子だろう。士農工商がはっきりしていたので武士は商売事に疎いというのが通説だったが、七郎右衛門はなんと藩の店を作ってしまったから驚き。最初は藩の名産品であったタバコを売ろうと大阪に大野屋を開く。それからはどんどんと各地に拡大し、最終的に蝦夷地に行くから船作る!と、やることなすことが大胆。

 

七郎右衛門のお金のやりくりには、本書を読む限りでは「絞る」の部分はそう多くは見えてこない。上巻の最初のほうで利忠が実施した倹約令は別として、七郎右衛門が実施したものは出てこなかったような気がする。むしろ七郎右衛門のすごさは「生む」力がものすごかったことではないだろうか。融資を得るにしろ、売却して作り出すにしろ、トップがあれこれ新しいことをやりたいと手を出せば、ちゃんと資金を作り出してくるし、借りた金はちゃんと返す。

 

本書はあくまでも小説であって伝記ではないから、七郎右衛門が実際に取った政策や大野屋を大きくするまでの詳細には触れられていないし、ところどころ端折った部分は駆け足で過ぎていく。利忠の臨終もとてもあっさりだし、読み進めるほどに歴史的背景に興味が出てしまうせいか、どんどん物足りなさを感じてしまったという点は否めない。小説というには固いし、歴史読み物としては物足りないという感じだろうか。

 

歴史小説といえば、今まで読んだ中では関寛斎の一生を書いた高田郁さんの小説が面白かった。

 

今の千葉県生まれの医師一家の話で、千葉から徳島、最後には北海道へと開拓へ出た人たちの話だ。登場人物の心に寄り添えるようななめらかな流れで感動の一冊だった。

 

さて、なぜこの「わが殿」を読んだかと言うと、勤め先の上司が本当に困った人すぎて日々のストレスがどんどん膨らんでいるからだ。ああ、でも利忠はなんの参考にもならなかった。だって才能があるし、人望があるのだから!!! そして七郎右衛門のように上司の才能に触れ、殿を盛り立てたいというピュアな心がない限り、互いに支え合い社を盛り立てていくなんてことにはならないと痛感。ごめんなさい。私にすご腕部下の役割は無理です。せめて心穏やかに働きたい(涙)

 

#457 隠密から潜入へ!~ 「潜入 味見方同心1~3」

『潜入 味見方同心 1~3』風野真知雄 著

隠密シリーズの続編。

 

すっかり心奪われてしまい、ついに続編にも手を出してしまった。ストーリーの面白さに引き込まれ、思わず著者のお姿を検索したくらいにすっかりファンに!1巻ずつ記録を残そうと思ったが、これから読み終えなくてはならない本も多いので一気にまとめて記録しておくことにした。

 

9巻まである隠密シリーズでは、同心一家の兄が敵に打たれ弟が後を継いで北町奉行所に新設された味見方という仕事を担う。弟の魚之進は読みば読むほど愛嬌あるキャラクターで12冊も読めばすでに旧知の仲のような感覚だ。とにかく人情味に溢れていて、過信せず堅実に調査を進めて行くところがかっこいい。できる人を兄弟に持つと常に比べられてしまい、ちょっぴり卑屈になったりしそうなものだけれど魚之進にはそれがない。

 

そんな魚之進も潜入シリーズに入って見習いから同心として活躍している。それにしても隠密9巻の間が約1年強の出来事で、いくつもの大事件を解決しているからやっぱり月浦家は能力があるということだろう。

 

兄、波之進には町人から嫁いだ妻がいた。名をお静という。実家は乾物を扱っており、同心家よりも裕福だ。そしてお静は美形の兄の嫁にぴったりと言えるほどの美しさだった。兄が亡くなった後もしばらく一緒に月浦家で暮らしていたが、兄の一周忌を機に実家へ戻ることとなる。しかしすでに義姉への想いを募らせていた魚之進は隠密の最終巻で姉上へ行かないで欲しいと懇願する。それがまたいい所で終わってるんですよ!続きが読みたくてたまらなくなる仕掛けがこれでもか!というほどに施されている隠密9巻目だが、潜入シリーズではなんと隠密1巻に登場していたどじょうの絵を描く娘が再登場。女性が二人ということは、魚之進にもまた別の幸せがやってくるのだろうか。

 

3巻目までは淡々と事件をこなし、鋭利な推理で解決していく魚之進の姿が描かれている。そんな魚之進を意識してか、南町でも似たような役職を作り、人も3人ほど置くようだからライバルなんかも出て来たりしてこれからますます面白くなるに違いない。

 

こういう穏やかなお人柄で、知的で、実直な人と一緒に仕事をするなら、会社生活も楽しいだろうなあ。

#456 明治の哀愁 ~ 「御坊日々」

『御坊日々』畠中 恵 著

江戸から明治へ、庶民の心。

 

寒い日が続いてたこともあり、甘酒がやたらと美味しく感じる今日この頃。甘酒は私はたいてい酒粕で作る。飲む時はおろししょうがを少し、オリゴ糖を少し入れることが多い。お腹がすいている時は豆乳で作って食事替わりにしたりもする。甘酒なんかを飲んでいるとなんとなくほっこりした内容の本が読みたくなり、Kindleの中から本書を選び早速読んだ。

 

表紙のオレンジ色がなんともキレイ。御坊というからにはお寺が関係するわけだから、妖関連かな?と淡い期待を持ちつつ読み始めるも、完全に人間しか出てこない。(「しゃばけシリーズ」ファンはつい期待しちゃってダメですね。)このシュッとした御坊は東春寺の冬伯という住職だ。時は明治の半ば、江戸を忘れることのできない者、明治しか知らない者が共に暮らす上野が舞台となっている。

 

時代小説が好きになってからというもの、心がすっかり江戸に傾いた。江戸の文化や江戸の風習は日本の伝統として私たちの心に刻まれているものが多いから、なおさら親近感が湧くのかもしれない。江戸が舞台の話を読むと日本の美しさの基に触れられるような気分になり、誠実でありたいなあと思えてくる。だから好きだ。ああ、私たちの文化ってこうだよね!こういうところがすごいよね。きれいだよね。楽しいよね!という気持ちは海外で暮らした経験があったからこを育ったものなのかもしれない。

 

江戸への想いが強すぎて、江戸と続いている時代のことにあまり気を向けることなくいたのだが、あんなに長く続いた江戸がたった一度の戦艦の来航からがらっと世界を替えたわけで、江戸の人はどうなったのかと改めて思うに至った。今まで信じていたものが全て覆される時代だったはずだし、たった半世紀の間に想像すらしなかったような世界になるって本当にすごいことだと思う。武士が居なくなった、皆が苗字を持った、洋服を着るようになった、産業技術がたくさん入ってきた、などなど教科書で読んだようなことはうっすら覚えてはいるが、いざその時代に生きた人はどんな風に「江戸」と「明治」の折り合いをつけていたのだろう。

 

本書は江戸が突然ぱたんと終わり、いきなり怒涛の如く世の中が変わっていった「明治」を生きる人たちの話だ。住職である冬伯は裏稼業を持っている。住職でありながら、相場師として活躍する凄腕だ。それもめっぽう強い。明治が始まった頃に幼少期を過ごした冬伯は、早いうちから東春寺に住んでいた。今は隣で神官となった敦久という兄弟子とともに、寺で育てられたからだ。その師僧が亡くなり廃寺となったことから、冬伯はどういう経緯か本人は全く覚えていないうちに相場師のもとへ預けられた。しかし亡き師僧が忘れられなかったため、身に着いた相場の知識を駆使し、作り上げたお金で東春寺を買い戻す。今では玄泉というかわいいお弟子もいる。が、寺は相変わらず貧乏だ。

 

弟子の玄泉は明治生まれだから、刀の扱い方も知らないし、汽車なんて普通に乗れる。明治になり、江戸は東京と呼ばれるようになった。それだけでもとんでもない変化だろう。その変化に対応する人々の想いが込められた小説だった。あまりに早い時代の変化に自分が取り残されてしまいそうになる焦り。懐かしい時代が遠ざかる寂しさ。改革がもたらす利益にありがたい気持ちを抱きながらも、どこか寂しさのあるシーンが多々ある。

 

東春寺は上野の寺町にあった。寺町というくらいだから、上野は寺だらけだった。寛永寺なんかとんでもない広さであったらしいし、それぞれの寺には檀家がいた。それが、廃仏毀釈で寺がどんどんと無くなっていく。寺を失くして公園を作ろうとか、インフラ敷こうという案を国が推し進める中で、行く先の無くなった人もいたらしい。ぶらりと登城してるだけでお給料のもらえた武士なんかは明治になって苦労したのではないだろうか。偉そうにもできないし、見た目では階級もよくわからない。こうして小説を読むことで、歴史や文化への興味が高まる。

 

今もスマホが普及したあたりから、世の中は変わったかもしれないけど、江戸ー明治の比ではないだろう。もう少し歴史について勉強したいなあ。

 

思えば今年の冬の「しゃばけシリーズ」も未読だし、冬を満喫するに最適な書籍がまだまだ控えているのでどんどん読み続けよう。