Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#902 最終話まで学びの多い江戸版ビジネス書~「あきない世傳 金と銀 特別巻(下)」

『あきない世傳 金と銀 特別巻(下)』髙田郁 著

本当に最終回。

 

3月の半ばからは人の動き増加する時期だ。学生ならば進学、社会人ならそろそろ内示が出て転勤の準備を始める方もいるだろう。コロナ禍の頃を思い浮かべるとこれが通常だったはずなのだが、今となってはあまりにも人に会う頻度が増えて時間を作るのが難しい。ついつい億劫になり「オンラインでいいじゃん」と思ってしまうが、やはり人とのご縁は大切にせねば。

 

そういえば、日頃お世話になっているお店の方も4月より海外で新たなスタートを切る予定と言っていた。いろいろな想いで春を迎えている方がいるんだろうなぁと考えると、自分の毎度変わりのない日々が良いのか悪いのかと悩ましくなる。

 

とにかく他出が増えてなかなか記録が残せないのがもどかしい。この間、待ち時間の合間に入った書店で本書に遭遇。ついに、ついに!本当に最終巻となりました。

 


大阪の呉服商の五鈴屋のお話。地方から奉公に来た幸は類まれなる賢さと、貪欲に知識を得ようとする向上心があった。女中として働くにも雇う側が許可しないことには勤めは叶わない。幸が五鈴屋に連れて来られた時と同時に、五鈴屋での奉公を求める娘が他に数人、時を同じくして五鈴屋の離れに座っていた。当時家を仕切っていたのはお家さんと呼ばれる五鈴屋の創業者縁の女性である。

 

女中として雇えるのはたった一人。さて、どうやって目の前の娘たちから選び抜こうか。五鈴屋は娘たちの目の前に半襟をいくつか出し、好きなものを手に取れと言った。美しい素地で作られた真新しい半襟を前に喜ぶ娘たち。普通の10代になったばかりの娘ならば絵柄の美しいものを選ぶのだが、幸が選んだのは黒く染められた地味なものだった。しかしそれこそが最も高価なもので、素材の質も良く、なにより貴重なものであった。それを選んだ理由は温かそうで汚れも目立たず何より美しく着物に映える。実家の母に贈りたいという幸を見て、五鈴屋は幸を女中として迎え入れる。

 

それからの幸の人生は想像とはまったく異なる形で五鈴屋に尽くすことになる。物語の後半は幸が女性であることから店主になることができないという大阪の決まり事を避け、それでは江戸でと田原町に五鈴屋江戸店を開業させる。順風満帆ということは決してなく、都度湧きおこるハプニングを幸の知恵で乗り越えていく様子に感情移入してしまう。

 

タイトルにあるように「あきない」についての話であることから、学びにもなる点が多くあることも読んでいて楽しみにつながっていた。今の世の中、会社に人生を捧げるほどの愛社精神を持つなんて滅多にないことだし、出世の幅も狭いうえに、社員と寝起きを共にしなくてはならない。三度の飯はあれども、休みも少なく昔の日本人の勤勉さに驚くばかりだ。しかし、商売に対する精神がわかりやすく描かれているのが本書の肝だろう。

 

自分のことしか考えない人、社内に多くいるはずだ。自分だけが楽をし、利益を享受しようとする。社外でも自分本位を押しつけ、会社にとっての利益ではなく自分の社内でのポジションしか考えずに言動する。きっと会社が大きくなることや、働く一人一人の成長というのは商いの哲学だけでは至るはずはないだろうけれど、新事業を検討する時、スタートアップを立ち上げる時、きっと幸のような思いで社会に貢献しようとするのではないだろうか。

 

去年特別巻が出た時に(上)とあったことから、2冊いやいやもっと続いて欲しいと願っていたがこれで本当に完となりました。