Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#900 辛いこと、悲しい記憶を心の中に閉じ込めた男の話~「夜叉萬同心 4」

『夜叉萬同心 4』辻堂魁 著

思い出の深くにいる祖父と妻。

低気圧のせいか体調があまりよろしくない。加えて花粉も盛大に飛び始めており、肌のあちこちがかゆくて大変。花粉のシーズン、こんなに過敏になっているのは関東エリアだけなのかな?と思うことが多々ある。春の出張で関東エリアから脱出すると、一気に花粉症の話題が減るように感じるのは私だけだろうか。杉や檜が育たない沖縄や北海道であればわかるが、大阪あたりでも花粉症だという人が東京より少ない気がする。

 

そして出張者がやってきた。それもかなり突然に。前日の午後に「明日から行きます」の連絡があり、翌日の午後一で到着してからちょっと忙しくなってしまった。予定を大きく変更するので今週末もお仕事の予定となってしまいそう。ストレス発散のため、この頃読んでいるシリーズを空き時間に黙々と読んでいる。

 


本書はシリーズの4作目にあたる。この頃自分の読書スピードが落ちているのか、それとも本書のボリュームや内容のせいか1冊を読むにあたりかなり没頭しているのか通常の読書より時間がかかっている。とはいえ、楽しみの時間が拡大しているのだから、それはそれで良し。

 

4作目にして主人公の萬七蔵の過去がわかった。萬家は同心の家系である。同心は本来世襲ではないが、慣習的に子供に引き継がれることが多かった。七蔵の祖父が家督を譲り、同心として活躍していた父は事件に巻き込まれて早世。その後を追う様に母も去った。残された祖父と七蔵だが、七蔵は十歳を超えてすぐに見習いとして奉行所へ行き、家督を引き継ぐ準備を始めた。今までは祖父の手一つで育てられたことのみが語られていたが、4冊目にして亡くなった妻のことが語られ、それがまた染み入るほどに悲しみが心に広がる。

 

七蔵の妻については七蔵に嫁いだ後、たった数年で子を残すこともなくこの世を去ったことしかわからなかった。病なのか、事故なのか、または想像したくない辛い理由なのか。それに七蔵の気持ちもわからなかった。どのようなところから来た女性で、七蔵とはどういう縁があり、この婚礼が七蔵にとってどのようなものだったのかなども全く語られていない。しかし七蔵は妻の他界後に再婚することもなく四十を迎えている。

 

ある日、七蔵が調べの件で手下の樫太郎とともに帰宅した七蔵に、来客の知らせがあった。同心の家に良く知った風な口調で七蔵の部屋に上がり込んだが、その風体が町人のようであったことから家を切り盛りするお梅は心配でならない。男は名を桃木連太郎と告げ、七蔵の部屋で帰りを待つと言い、すでに部屋にいることを伝える。

 

それを聞いた途端、七蔵はいつにない喜びようで仕出し料理を頼めと言い、家の者にも宴を楽しむようにと告げる。この連太郎こそが七蔵の心の友であり、妻の実兄であった。桃木家は医学の道を行く武家で、連太郎の父は八丁堀を支える町医者であった。幼い頃から才覚を見せていた連太郎は長崎で医学を学ぶほどの実力で、末は父を超える名医になると予想されていた。

 

当時長崎で医学を学ぶことは最先端の知識を得ることができる唯一の道で、今で言う留学のようなものだろう。しかも江戸から長崎は非常に遠い。よってその費用は莫大なものであった。江戸へ戻った連太郎は桃木医院の経営難を知り、愕然とする。父は貧しいものからは金銭を取らず、出せるものからは大きな金額を取ることでかろうじて医院の運営を保っていた。これではいずれ破滅すると考えた連太郎は、自らが商家などを回り大きな収入を得ることで経営を再建しようと考える。

 

しかし、そんなことくらいでは埋められないほどの赤字に、連太郎が考えたことは次第に桃木家を没落へと向かわせた。そして最後には連太郎は逃げるように江戸を去る。七蔵と連太郎の二人はもう20年ほど互いの噂を聞きつつも、顔を合わせることもなかった。そして今、再び懐かしい親交を温める。

 

連太郎は自身の不在中に起きた桃木家について、七蔵より話を聞く。七蔵がここまで感情を押し殺しつつも己の心の中を語る様子が本書に一番の読みどころである。何年も心お腹に滓として残っている悲しみが言葉となって表れてくる様はただただ美しい。

 

電車の中で読むと辛いことになりますので、ぜひぜひご自宅での読書をおススメします。