Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#897 山の神聖さを見て生きる~「夜叉萬同心 3」

『夜叉萬同心 3』辻堂魁 著

澄んだ空気を纏う者。

 

そろそろ来るかなと思ってはいたが、3月に入った途端に花粉が押し寄せてきた。私の症状は鼻と肌への炎症なのだが、これが日に日に強くなってきている。花粉の時期、困ってしまうのがヘアスタイルで、髪についた花粉が肌に付くと一気に痒みが強くなることから最近はまとめていることが多い。でもまとめると今度はむき出しになった首に直で花粉攻撃がやって来るので結局どちらも痒くなる。あと3か月はこんな状態が続くのかと思うと日本の植林事業から杉を減らして欲しいと嘆願したくなってきた。

 

この週末はまたインバウンドのお客様が来ていたのだが、今回はご自身で都内を散策するとのことでお呼び出しは無かった。しかし何かあった時すぐに連絡が来るのでいつでも検索できるような態勢を整え、後はゆっくり家のことをやっていた。となると読みたくなるのは今読んでいる小説の続きで、時間があったので味わいながら読書ができて大満足。

 

 

主人公の萬七蔵は北町奉行所にて隠密廻り方同心として勤務している。お奉行からの信頼も厚く、今回も本来町方が関与するには難儀な問題に取り組むこととなった。とはいえ、これは七蔵も望んでのことである。というのも、以前に事件で知り合いとなってから懇意にしている「音さん」こと鏡音三郎の属する永生藩に関わることであったからだ。

 

鏡が江戸へ戻った経緯について七蔵は深くを知らずにいる。恐らく藩の役目に関わるであろうことと想像するが、その与えられた仕事の中身や期限など、詳細どころか役目で戻ったかどうかも曖昧だ。むしろそれを知らないでいられるからこそ気楽に付き合っていられるのかもしれない。

 

永生藩は米どころに位置する大藩だが、お世継ぎ問題や財政難にて上層部が大きく変わるという事件があったばかりだ。子の無い正妻を支える江戸派と側室の子を次代にと推す国元派の戦いだったが、殿が側室の子を後継として認めたことから江戸派は急速に力を失った。しかし、財政難は国元派が引き起こしたことであり、今その穴埋めを自らがする立場となるも藩はひどく混乱していた。

 

嵩んだ借財をどうすべきか。国元派は驚きの悪政で打開しようとするのだが、この策は重要人物の命を奪うことが要となっており、これは鏡のような藩を支える人物も、江戸の平和を望む北町奉行所も容認できない。

 

永生藩はその豊かな自然環境から多くの富がなされていた。しかしそれも蓄えたはずの米が横流されたことで藩政が大きく狂う。そこへ刺客として送られたのが山の生活を愛し、山の神との共存を生きる糧とする西山一族だ。彼らは山の中での暮らしが主であることから、人の心の汚れを知らない。父と息子、そして家の切り盛りを手伝う者とたった三人での暮らしの中で、山に暮らす一族の教えを引継ぎ守っていた。

 

彼らは山そのものとなる。江戸に送られた息子の幻影は、山に暮らす鷹さながらに山の中を舞うことができた。幻影自身は子供かと思うほどに小柄で、加えて真っすぐな心根であることから愚に見える。しかし山で暮らす彼には動物さながらの動きが可能であり、小川のせせらぎのような純粋さと自然のどう猛さをも持ち合わせている。

 

その幻影と音三郎の互いを畏怖し尊敬するやり取りがあまりにも真っすぐで、異様な神聖さがある。澄んだ空気を感じられる二人の様子にこうありたいと思わずにはいられない。日本は自然の中にも神が宿ると考えるところがある。山は神聖で、恐ろしい。その畏怖の念から生まれる純粋さが人に与える影響は大きく、仏教なども総本山などと言い、山へ拠点を置くところも多い。

 

このシリーズ、読む楽しさだけでサクサクと読み進めるようなタイプではない。じんわりじっくりと身に染みてくるので、ゆっくり味わいつつ読み進めるのがベストかも。