Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#832 濃霧の世界の神秘を歩く~「冬虫夏草」

冬虫夏草梨木香歩 著

賢犬ゴローを追う。

 

朝晩の寒さが身に染みるようになった。とはいえ、日中の気温はやはり例年より暖かい気がする。オフィスは暖房が入るようになり、デスク周りで加湿器を使う季節となった。北海道は雪も降ったとのことなので、師走の準備をしていかなくては。

 

師走と言えば大掃除だ。毎年11月のうちに始めようと思いつつも、今年も例年通りで新年ぎりぎりまで片付けするんだろうなあ。まずは物を処分することから始めなくてはならないのだけれど、つい他のことに気を取られてこれがなかなか進まない。春くらいから断捨離計画を立てているのに確実に春より物が増えている謎…。

 

週末のお掃除計画を考えつつ、読書週間を取り戻すために本書を読み始めた。こちらは先週読んだ作品の続編で必ずこちらを読んでから手に取ろう。

 

家守の綿貫は今回も文章を書くことで細々と生活を支えている。とはいえ独り者の綿貫にとっては贅沢さえしなければ暮らしていける。犬のゴローは犬好きのお隣のおかみさんが綿貫の毎度の食事より十分豪華なものを用意してくれる。家も亡くなった友人の実家でお金もかからない。いや、本当は維持費などはかかるはずなのだが、綿貫にはあまり気にならないようだ。

 

そして大学の後輩の山内が編集者として始終綿貫を訪ねてくる。山内も含め、この小説に出てくる人々は不思議を「そこにあって当然のもの」としてとらえているところがある。本来掛け軸から人が出てくるなどということはホラー以外の何物でもなく、「おお、来たか」と簡単な挨拶で終わらせるようなことではない。庭の池に河童がやってきても「疎水から引かれた水だから」という理由でさも当然とはいかないはずなのだ。

 

なにか日本昔話の世界のように、不思議な霧の中に包まれた生活なのだ。作中の綿貫もまた霧に翻弄しており、よって読者はより深く不思議に取り込まれる。その濃霧の中にもっともっと自然から生まれる尊く恐ろしく神秘的な世界がある。そしてその濃霧は湖からやって来る。おそらく琵琶湖のことだろう。なぜだろう。琵琶湖が舞台と想像すると、ストンと腑に落ちる。なにか特別な神秘性がありそうだし、あってもおかしくないと思えてしまった。きっとそこにお住まいの方なら「とんでもない!」と仰るかもしれない。しかし琵琶湖には長い長い歴史の中で培われた神秘があるような気がしてならない。

 

さて、綿貫はゴローという犬を飼っているとは先に書いた。ゴローは賢犬で濃霧の世界では仲裁の権威として知られている。言葉も理解しているようだし、愛嬌もあり、むしろゴローが綿貫の面倒を見ていると考えるものは多い。ゴローは多くの人を助け、町で良く知られる存在であるため、時々家を空けることがあった。もちろん仕事である。仲裁のため、人助け動物助け神助けのために、あらゆる方面から呼ばれるのだ。だから数週間いなくても綿貫は「呼び出しに応えているのだ」程度に考えていた。ところが今回は数か月が過ぎ、季節も移り替わろうとしている。

 

これは何かあったのかもしれぬと綿貫はゴローを探しに行くことにした。会う人々にゴローを見なかったかと尋ねると、遠く離れた三重のお山で見かけたという声があった。ゴローに対し綿貫はともに暮らしつつも世話らしき世話をしてこなかったと反省し、無償にゴローに会いたくてその思いが止まらない。そこでゴロー探しの旅に出ることにする。

 

ゴローの足跡を追うわけなのでやはりそこは濃霧の中だ。不思議が起き、それを淡々と受け止めていく綿貫と、各地の人々の「当然」がじわじわと染みてくる。

 

これは続編があるべき一冊。アイルランドスコットランドの妖精や神秘の世界を和風にしたような本書はぜひぜひ続編を読んでみたい。著者の作品の中で最も読み応えのあるシリーズ。