『妖談かみそり尼』風野真知雄 著
耳袋妖談シリーズ第2弾。
やっとこれで海外出張中の読書記録、最後の一巻となる。数週間前の話だと言うのにもっともっと前の出来事のような気がするのはなぜだろう。この本と共に思い出すのは現地での空港までの移動が大変だったことで、日本の鉄道ってなんて素晴らしいんだろう!を実感しつつ本書を読んでいたことだ。
ところで、日本は縦書き横書き両方を使っているが、小説はたいていが縦書きとなっている。もしかするとKindleはその設定をも自由にできるのかもしれないのだが、私は縦書きのほうが読みやすい。ところが諸外国の言語は横書きが多いようで、縦書きの本を読んでいるとものすごく珍しいもののように見えるようだ。これは同じ横書きでも右から読む言語と左から読む言語も同様で、自分が普段接しているものとは異なるものが奇異に映るからだろう。電車の中で本を読んでいると、じっと私のKindleをのぞき込んでいる人がいて面白かった。
さて、本シリーズは根岸の大好物である妖談をテーマとしているのだが、その2冊目となる。シリーズ1が事件を、シリーズ2からは妖にまつわる噂と事件が合体したような流れになっている。活躍するのはもちろん南町奉行の根岸肥前守とその部下だ。部下は根岸家の家来である宮尾と、同心の椀田、そして彼らの下の岡引きの親分ら数名が中心だ。
それにしても「かみそり尼」って一体何?な疑問を持たざるを得ない。このシリーズからはタイトルも突飛であるに加え、表紙のイラストも妖怪推しになっている。かみそり尼なんて想像するだけでも根岸が好きそうな状況がいくつも浮かんでくる。ちなみに私の最終的な予想は、「自らの過失ではなく、他人の事情で尼寺に入れられた女が、過去を憂いて剃刀で復讐にでる。」であった。
しかし、物語はこんな素人に想像できるような範疇では収まらない。今回も仕掛けられた幽霊話の裏には複数の事件が潜んでいた。江戸での事件は武士や町人がメインとなるが、加えて寺が出てくることも多い。お寺は江戸版テーマパーク的な存在で、デートコースでもあり、楽しい旅でもあり、ちょっとした気分転換でもあり、真摯に祈る場所でもあった。
さて、タイトルの尼だが、この尼は竹林の中の寺で週に1度だけ庶民の相談に乗ると言う。しかも値段は決まっておらず、お寺にお布施をするようなものだ。尼に話を聞いてもらうと不思議と悩みが解決するとあって、噂はどんどんと広がっていた。
ところがある日を境にこの尼寺の周辺で町人が何者かに襲われるという事件が勃発した。しかも手ひどい傷を負っており、その傷はおそらくかみそりによるものではないかと奉行所は推測した。そう、ここでタイトルがつながる。
ところが調べは難航し、裏付けを取れば取るほどより一層複雑さを増してくるという流れである。奉行所もここは技の見せどころなのだが、なんと根岸の部下の宮尾はかみそりが大の苦手だという。かみそりを見るだけで硬直してしまうほどに苦手なのだ。その理由は郷里での事件を目の前で見たことにあるのだが、物語の最後にはしっかりと克服するという意思の強さがたのもしい。
本書には尼が2人登場する。一人目は根岸が昔からよく知る者、もう一人は見目麗しく人々の悩みを解く尼。それぞれが対照的でありつつも非常に人間味溢れるところに惹かれてしまった。
このシリーズ、まだまだ続くのだが他の本もどんどん読んでいくつもり。