Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#515 へその緒のぬくもり~「つるかめ助産院」

『つるかめ助産院』小川糸 著

南の島でのこと。

 

何とも言えない温かさが続いているが、それも今日までのことらしい。今週はあちこち移動しており、春らしさと夏らしさの両方を満喫している。

 

さて、本書も随分前に購入したままだったのだが、移動の時間にふんわりとした作品を読みたいと早速Kindleを開く。ところが、ふんわりどころか感動たっぷりでところどころ涙を我慢する展開に!まわりに人がいる時ではなく、部屋で音楽でも聴きながら読むべき作品かも。

 

小川糸さんの作品は以前にも何冊か読んでいるのだが、本作もやっぱり食べ物の描写が楽しいことと、女性の心の成長がテーマとなっており「わかる!」と頷く所も多々だった。

 

主人公のまりあは誕生日が12月25日であったことからそう名付けられたそうなのだが、実はまりあの生誕については謎がある。

 

場面はまりあが下船するシーンから始まる。以前、小野寺君と上から見るとハートの形という島へ行ったことがあった。そこへ行けば小野寺君がいるのでは?とついやってきてしまったのだが、そこは南にある小さな島だ。小野寺君はまりあの夫で、ある日携帯電話も家に残したまま、忽然と姿を消した。小野寺君とまりあは家庭教師と生徒として出会った。親の反対を押しのけ高校を卒業してすぐに結婚し、小野寺君の趣味のラーメン屋めぐりをしながら楽しく暮らしていたはずだったのに。

 

それなのに小野寺君はいなくなり、まりあは一人で日帰りの予定で南の島を訪れた。小野寺君を探す旅だったはずが、島での出会いにまりあの人生は大きく変わる。

 

島の中を歩くまりあに海辺で声をかけてきた人がいた。なんだか変わった風合いの女性だ。なぜか海辺で縫物をしている。不思議に思いつつ対応していたまりあだが、そこへアオザイを着た女性が「つるかめ先生!」と寄ってくる。そう、先生。つるかめ先生は助産院の先生だった。なぜか流れに載せられて一緒に食事まですることになったまりあだが、食後に診察室に来るように促される。

 

小野寺君が去り傷心のまりあに告げられたのは、おなかに子供がいるということだった。まったく自覚がなかっただけに驚きに加え、どうすべきかがわからない。一旦島を出るも、やはり戻ってつるかめ助産院で小野寺君の赤ちゃんを産もうと決める。この物語はまりあが出産するまでの1年余り、娘として、女性として、母として、人間として成長する姿が描かれている。読者は読みながら出産についての学びも得られる。遠い地でたった一人で子供を産もうとする女性が成長する姿に涙しつつ、遠くから「がんばれ、がんばれ」と応援したくなるお話だ。

 

つるかめ助産院は院長の名前「鶴田亀子」というなんともおめでたい名前から来ている。アオザイを着ていた女性はベトナムからの研修生で通称「パクチー嬢」。名前がかわいい。他にも通いで働くエミリーや、助産院近くの洞窟に住むサミーや長老もいる。まりあは自分の生い立ちに負い目を感じていたが、ここにいる人たちもそれぞれの過去を抱え、ここでようやく笑顔を取り戻した人もいる。

 

それぞれの傷に触れながら、そして助産院という命を預かる場所ということもあり、中心には生死に関わるテーマが流れている。それが時に涙を誘うのだ。皆、生まれてくる時は一人と言われるが、その時は必ず母親とへその緒でつながっている。親の勝手で生を受けたのではなく、親は「私を母親に選んでくれてありがとう」と感謝する。世の中には毒親とか、ネグレクトとか、驚くような悲しい話があるが、本当は命の輝きに感謝した瞬間があるはずなのだ。深く深く根を残す心の傷をつるかめ助産院の周りの人々はどうやって乗り越えたのだろう。

 

すでに親となった人だけではなく、親とのかかわり方で悩みを抱えている人にもつるかめ先生の言葉はじんわりと染み入るものがあるはずだ。それが読んでいるその場で「キタコレ!」と思うのではなく、あとからあとからじんわりと感動の波がやって来て、気が付いたら涙が目にたまっている感じだろうか。

 

調べてみるとこの作品も映画化されていたそうで、つるかめ先生が余貴美子さんというのはとっても頷けた。