Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#482 吹雪の中に取り残されたような読了感~「トーマの心臓」

トーマの心臓萩尾望都 著

ギムナジウムでの出来事。

 

まず、どうしてこの本を買ったのかと言うと、何かの作品で本作のことが出ていたからだ。今やタイトルは思い出せないが「本作のオマージュか?」みたいな一文があったように記憶している。それが本文に出て来たのか、あとがきなどに寄せられていたものか、肝心なことは全く思い出せない。とりあえず本作を買って、小説の内容と比べてみたいという気持ちからの購入だったはずなのに、こちらも購入してからしばらく時が経ってしまい、今となっては当初の目的は果たせなくなってしまった。

 

今週は水曜が公休日だったせいか、なんとなく週の後半に気持ちの余裕があった。今はマンガ類はKindle for PCで読んでいるが、普段なら夜にパソコンを立ち上げることはあまりない。それなのになぜか「読んでみようかな」という気持ちになり早速パソコンを開いた。結果、いつもならものすごく嬉しい金曜の朝のはずだが、やけに深刻な気分になっている。「生」とか「善悪」とか「愛」とか大きなテーマが頭から離れない。

 

早々に言い訳みたいな記録を残すが、後で同じ本を間違えて購入することが無いように、本の内容やその時の感想を思い出せるようにという思いからスタートしたブックログだが、今回ばかりはなんと内容を残すべきかうまく書き残す自身がない。一言で言えば「考えさせられる作品でした」で、いまだ霧の中にいるような気分だ。1度の読書では見えてこない。確実にこの本は何度も読むことになると思う。

 

簡単なメモとしてストーリーを記しておく。舞台はドイツのギムナジウム。全寮制の男子校で中高一貫の9年教育と行った所だろうか。主人公のユリスモールは高等部1年の14歳で模範生だ。美しい黒髪はどこか南国を思わせる風貌で精悍な顔立ちだ。委員長も務め、勉学にも勤しんでいるまさに学生の鏡のような少年。ユーリはルームメイトのオスカーと共に寮監も務めており、他の学生が6人部屋であるのに対し、ユーリとオスカーは二人部屋を使っている。オスカーは母を、ユーリは父をすでに失っている。

 

ユーリは優秀であることから下級生からの信頼も厚いのだが、信奉者の一人がタイトルにもなっているトーマだ。トーマはユーリの一つ下の13歳で、誰からも愛される少年だ。そんなある日、トーマが世を去り、ユーリの周りに少しずつ変化が生まれていく。

 

マンガだと思ってお気楽に読み始めたのだが、長編小説を1冊読み終わったかのような感覚がしばらく続く。本作は1974年の作品だが、昭和の少女マンガ、テーマ重すぎ!!!昭和の子供たちはこの作品が理解できたのだろうか。それとも昭和の時代にはこの世界感に共感できる下地が残っていたのだろうか。謎。

 

1ページに詰め込まれている情報がものすごく多くて、お気楽に読むどころか読み終えるまでずいぶん時間が掛かった。例えばこの下の絵を見てもわかるように、絵が細部に渡り描かれている。学校が舞台なので登場人物も多く、圧倒的な画力なのでまるで映画を見ているかのような気分になる。

 

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この男子校の生徒は「愛」と言う言葉を実によく使う。友人としての愛なのか、恋愛の対象としての愛なのか、それとも宗教的な愛なのか。まだ13、14歳で日本で言えば中学生だというのに、すでに人生観が重い。あまりに真摯で、一つ一つの出来事が人生に、少年たちの未来に確実に影を落とすなんていうことはあり得ないのに、ただ運命として清濁すべてを受け入れているようなところが残酷だ。なんとなくドイツという背景から「ありそう」な話に見えてしまうが、いくらなんでも重すぎる。

 

ドイツはカトリックを信仰する国であり、ギムナジウムでもミサの時間が持たれている。幼いうちから聖書に触れ、音楽や哲学を学ぶことで、日本の子供よりは幾分大人びたところがあるかもしれない。とは言え、子供たちの心の傷の根が深すぎるのだ。これは宗教によるものも過分にあるかもしれないが、愛すること、愛されること、そしてそれに誠実に生きることがユーリ達の心にはごくごく当たり前のこととして刻まれている。それを守れない時の痛みが重いのだろう。だれに語るでもなく、一人で必死に耐えている。その根を放置すれば痛みはどんどん膨らんで、樹木のように伸びていくことだろう。そうすれば根も伸び、簡単には除去できない。登場する大人たちはどこか子供との間に距離感があったりで、子供たちは自分の力で大人になっていくように見えた。

 

とにかくストーリーが複雑で、1度読んだきりではあまりに難しくて把握ができない。登場人物の心の機微は幾重にも伏線があって、私には気づくことすらできなかったものも多いはず。特に主人公のユーリの背景は複雑で、彼が黒髪を受け継いだのは父方の影響で、その父のことを良く思わない祖母のユーリの愛は希薄だ。ここで語られる「愛」は排斥を映しているし、ユーリが努力を続ける理由がここにあることに触れている部分はとても悲しい。

 

1度目の読了で理解したことは、ユーリの悩みはトーマにより深みを増し、エーリクによってほんの少し光がもたらされたということ。その苦悩は己で心を閉ざす以外に身を置く場を許さず、ユーリはどんどんと頑なになる。トーマはフロイラインとあだ名をつけられるほどに皆に愛され、学園のアイドルのような少年だった。そのトーマに愛していると告げられるユーリは心惹かれつつもトーマを遠ざける。トーマは受け入れてもらえないユーリの心に愛を与えようとするも、ユーリはその思いに悩みを深める。世を去るトーマ。そこへトーマと瓜二つのエーリクが転入してくる。エーリクは良くも悪くもストレートな少年で、天使を思わせるトーマのイメージより幾分人間らしさがある。

 

一体ユーリはなぜトーマを拒んだのか。なぜ少年たちは学内での「愛」を追求するのか。土曜日には外部に出ることもでき、女性と接することも可能なのに、互いにキスをねだり、受け入れてもらいたがる。とはいえ、BL的なものではなく、この「愛」をどう理解するべきか。そして何よりもこのタイトルのセンスにうなる。

 

結局、この表紙に戻ってしまう。吹雪の中に突然降り立ったような気分になるマンガだった。うむ、深い。

 

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