Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#826 江戸の胃袋のお引越し~「市場」

『市場』北川ナヲ 著

魚河岸の歴史。

 

11月は出張シーズンのようで、自分が動くこともあるが外からやって来る人も多い。滞在中のホテルの予約を頼まれることも多く、昨日は旅行会社さんのような一日を送っていた。各ホテルさんは「紅葉シーズンですので」とのことだったが、11月2週目の週末当たりの都内のホテル、満室が多くてなかなかまとまった部屋数を押さえられず苦戦中。

 

私の周りの方はたいてい行くところが決まっているのだが、毎回一番困るのが食事だ。必ず「いつものあの店へ」と予約を頼まれるのだが、滞在中に2~3は新しいレストランに行きたいと仰られる。営業パーソンたるもの、いつも有名店情報をアップデートし、どんな時でも予約を取るべくお店とも懇意にすべし、なのかもしれないが弊社の場合はそんな予算も時間もないので行き当たりばったりでネットで予約が精一杯。

 

ただ、唯一楽な気持ちでいられるのは朝の築地だ。集合時間が早いのと、私の1日分の量の食事を一気に朝御飯として摂取することが難儀ではあるが、気ままに散策して美味しそうなものを見つけてはお店に入るということが楽しいらしい。数か月ぶりの訪問でもお店の方が覚えていて下さったりするのも嬉しいらしく、都内の朝御飯は絶対築地と決めている方もいるほどだ。

 

その築地、江戸時代は魚河岸のあるエリアではなかった。江戸の繁華街は何と言っても日本橋で、そのあたりに全てのものが集まっていた。魚河岸も日本橋にあり、それが築地へと移転したのが東京大震災の直後である。

 

時代小説を好んで読んでいると、魚河岸の話も出てくるので今の築地が武家地であったことがわかる。そして今までどうして築地に移ったのだろうかということを考えたことがなかったのだが、本書の存在を知り、早速読んでみたくなった。

 

著者が本書を書くことになったきっかけというのが、同僚の方がなんと築地を興した方のご子孫だったとのことで、残された資料を読み小説を書かれたらしい。お名前は差し替えられてはいるが、恐らくかなり史実に近い内容と感じられた。

 

主人公の奥村豊は縁あって日本橋の魚商へと奉公へ出た。幼い頃から学問が良くでき数字に強かったことから次第に実力を付けていった豊は、同じく日本橋の魚商に勤める同世代の山本と共に日本橋の魚河岸を代表するような立場へと育ってゆく。江戸の人口が増加するにつれ、日本橋の市場だけでは江戸の胃袋を満たすことはできない。もっと広い場所と新しいシステムが必要ではあったが、江戸開闢と共にある日本橋の魚河岸はその伝統と誇りにより、日本橋から動くことを拒んでいた。

 

一方で若い世代は魚河岸の繁栄にはもっと広く海に近い場所へ打って出る必要があると考えている。政治家も含め、江戸の発展のために残留派と移転派での対立は続いていた。そんな中で起きたのが東京大震災である。

 

その頃までに豊も山本もそれぞれ独立して自分の店を運営していた。そして大きなビジネスを手掛けることで、頭角を現してからあっという間に店は大きく育っていった。そんな二人に託されたのが魚河岸の再生である。

 

日本橋の魚河岸跡地は全てが燃え、再建するには幾月もの時間が必要であったが、予備地であった築地であれば市場が開ける。仮の場で良い、都民の空腹をおさえるにも市場を早急に開く必要がある。そこで豊は一歩一歩動き出した。

 

本書はその豊の成長と築地市場の誕生が綴られている。普段場外のお店を歩きながら豊洲に移ってしまった場内はどうなっているのかな、と考えることがあった。場外のお店でも十分に美味しいので大満足なのではあるが、当時築地を作り上げた人々が今の豊洲への移転についてどう考えるのかな?と想像してみた。きっとまた政策による制限での動きに「それでも俺たちはやるぞ!」と再建を誓うだろうか。それとも「またお上の都合か」と意気消沈してしまうだろうか。

 

本書を読んで、移転前の築地を懐かしく思い出す。歴史を知ることは、その土地への愛着が湧くと言うことなのだろう。久々に築地、行ってこようかな。