Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#763 白地の意味~「仏師」

『仏師』下村富美 著

母を彫る。

仏師

仏師

Amazon

 

Kindle Unlimitedは時々サブスク料金のバーゲンをする。私もその際に参戦し、実際に使ってみてなかなか良かったので1年ほど使い続けている。で、来月でその期限が切れることに気が付いた。続けるか続けないかで迷うところだが、ひとまずダウンロード済みの作品を読んでしまおうと考えた。

 

本書はタイトルと表紙の雰囲気に引かれて読んだ一冊だ。時代設定は恐らく江戸で、村にやってきた姫が村を蝕むと恐れられていた。村人が何人も命を落とし、すべては姫がこの村やって来てからだと村人は姫を死神と呼んでいた。

 

魚人という仏師は顔に大きなあざがあった。前の戦で村が亡びたとき、魚人の母親はその腹に魚人を身ごもっていたという。女子供の命が真っ先に奪われる中、魚人の母は生き延びた。世を去ったものの怨念だと、魚人はその痣のせいで村人から仲間外れにされながらもどうにか生きていた。

 

魚人を支えたのは、寺の住職から学んだ彫り物だった。仏を彫る。何の変哲もない木から魚人は温かさを称えた仏像を彫った。ただ、木の中に眠る仏を取り出すのが魚人のやり方だったが、ある日死神と恐れられる姫を見て、その姿を彫りたいと熱望する。

 

内容もどこか哲学的で仏教的で神秘めいたものがあるのだが、画筆がなんともすばらしい。一コマに込められているメッセージが力強く、それが作品全体に宇宙のような大きさを醸し出している。

まず、読み始めて思うことはその白さだ。背景がほぼない。背景がないということは、一つのコマに「主題」しか残されていないということで、雑念が入り込む余地がない。主人公たちの姿はどこかBANANA FISHの頃の吉田秋生作品にも似ているのだが、この白の背景の力のせいだろうか。違いは歴然としている。

 

とくに気に入ったのが最後に収録されている「むが」という作品だ。これまたなんとも美しい表紙で、内容自体も心に残るものがあった。

何か心の奥底を照らし出されるような、透明感と混沌が混ざり合うような作品。