Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#759 江戸の海の歴史~「佃島渡し船殺人事件 耳袋秘帖」

佃島渡し船殺人事件 耳袋秘帖』風野真知雄 著

耳袋秘帖シリーズ第12弾。

この頃読んでいる時代小説のシリーズもの。

 

王子の次は思いっきり南へと飛んだ。

さて、東京は江戸時代に多くの干拓事業が行われ、南町奉行所のあった有楽町からは築地まで歩けばすぐに海へとつながった。今回の舞台である佃も島で、今も島と言えば島だが、限りなく陸地に近い感がある。

 

赤く印をつけたエリアが佃で、本小説の舞台設定ではここが島であった頃の話になっている。このあたり、海のど真ん中だったらしく、江戸の人々は船を使って行き来していたらしい。

 

そんな佃で事件が起きた。まず、本書で初めて知った事に「御船手奉行」という職がある。どうやら彼らは元海賊のような水運に強い者たちが付いたようで、中でも向井家と言う世襲で監督に当たっていた一族がいらっしゃったとのことだ。徳川に仕え、江戸の海運を守る。そんな御船手を巻き込む事件とは。

 

江戸湾に抜ける海道沿いにある佃島で、大きな船の事故があった。佃から深川へ戻る乗合船に大きな屋形船がぶつかり、乗合船が転覆した。屋形船はあっという間にどこかへ去り、姿を追うことができない。その傍らでは転覆した船をどうにか救おうとするも、多くの乗船客が命を落とす。知らせを聞いてやってきた南町奉行所の面々だが、そこで異変に気が付いた。海での事故であったはずなのに、なぜか深い刺し傷や切り傷が致命傷となっているのだ。

 

しかも身元の分からない者もいる。どうにか辿ろうにもあまりにも小さな手掛かりに、さすがの岡っ引たちも時間がばかりが過ぎ去ることにもどかしさを感じていた。もちろん存命のものもあり、それぞれに事件当時のことを聞き出したものの、身分を偽るものがあったことからまたもや解決の糸口が遠ざかる。

 

南町奉行である根岸の家来の一人、坂巻は今は調査どころの話ではない。以前の捕り物で知り合った伊豆の「ふうまのもの」の末裔であるおゆうが消えたからだ。二人とも心通わせるところがあり、おゆうは坂巻の勧めで神楽坂に茶屋を持ち江戸での生活に腰を落ち着けたばかりだった。ところが、この佃島での捕り物が坂巻も知らぬ間に二人の間に大きな影を落とす。

 

坂巻は調査にあたって乗合船ではなく、漁師の小舟で深川へ渡ったという女性と橋の上で話をしていた。この女性の弟は御船手の駆け出しのものだったが、自ら命を絶ったという。佃へはその弟の弔いもあっての来訪だった。帰りに乗合船で帰ろうとしたら、「それには乗るな」と弟の友人に声をかけられ漁船で帰宅したのだが、そのおかげで命拾いしたわけだ。その女性は今は命の危険があることから奉行所に匿われていた。坂巻は仕事があまりに忙しく、この頃は神楽坂に顔を出せずにいたのだが、橋の上で話をしている坂巻をおゆうが遠くから目にしてしまう。

 

おゆうは坂巻を支えに茶屋を営んではいたものの、なかなか売り上げも伸びずで先々を心配し始めた矢先のことだった。坂巻は自分のもとから外の女性へと心を移したのかもしれない。おゆうは自ら身を引こうと江戸を去る。

 

捕り物の話の間にこうした奉行所の人々の「日常」が現れ、ストーリーが何重にも膨らむところがまた魅力的。そして小説を通して江戸時代に興味を持つようになり、東京がどのようにして都会となったかを知ることが非常に楽しい。歴史の楽しみ方はいろいろだが、時代小説を読むという行為は歴史学習のきっかけを作るという意味では私にはものすごく合っているようだ。