Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#488 そうか、すり抜けちゃいますよね!~「浮遊霊ブラジル」

『浮遊霊ブラジル』津村記久子 著

短編7篇。

 

3月最初の週末、東京は青空に恵まれ春めいた陽気だった。季節が変わり始めたなと感じるとなぜか聴きたくなる音楽にも変化がでる。ここ数年は春が近づくと無性にRadioheadが聴きたくなる。強いて1枚選べ、と言われたらこれをおススメしたい。

 

このアルバムを聴くたびに、夜、泳ぐでもなく一人ぷかりと広いプールに浮かんで瞑想しているような気分になる。そのせいだろうか、なんとなく本書のタイトルに「これ読むか」な気分になった。

 

本書は年末のバーゲンの時に購入したもので、以前読んだ著者の作品が今まで好んで読んできた作品と異なる世界があったことから、いつか他の作品も読んでみたいと思っていた。

 


Radioheadの音楽の影響だろうか、なんとも不思議な幻想をもたらすような小説だった。本書は少しずつどこかが繋がっているような、似通っているような、いやいや全く別のストーリーだと感じる短編が連なっている。タイトルとなっている「浮遊霊ブラジル」は巻末の作品のタイトルだ。

 

まず1つ目の「給水塔と亀」は穏やかな町の情景からスタートする。場所は恐らく香川、いや徳島かもしれない。退職した独り身の男が昔家族と住んでいた町に戻り、一人暮らしを始めるという話だ。住んでいた場所は少しの面影と多くの変化があり、覚えている限り実家のあった近くに部屋を借りて移り住む。部屋からは海が見え、大家から前の住人が飼っていたという亀を受け取る。ストーリーはその男がこの町に越してきたあたりの話からはじまる。男の子供時代と今がゆらゆらと行き来するアンニュイさに浸っているうちに次の小説が始まっていた。

 

場所を四国と思ったのはうどん屋さんやすだちが出て来たからだ。これがかぼすだったら、逆に四国以外を連想していただろう。1つ目の小説にもうどん屋が出て来た。2つ目は「うどんやのジェンダー、またはコルネさん」という謎のタイトルで、「うどんや」が2つを繋ぐ印象があったせいか、語り手は同じ人だと勝手に思っていた。でも読み進めると何か違う。そして南米の話が出て来た。そこで、うどん屋にいたのは2つめの主人公かな?と思いつつ読み進める。こんな風になんとなくすっきり切れていないような細いつながりを残して短編は進んでいく。

 

しっかりと現実味があったのは、今は互いに疎遠になってはいるが同じ小学校に通っていた同級生の今を描いたストーリーだ。一人はいじめっ子、一人はいじめられっ子、一人は存在の薄い子、一人は無難にやりすごしていた子。それぞれが大人になったわけだが、いじめっこというのは気質そのままに大人になってしまうんだろうか。なんともいえない苦味が残る。

 

今、もう一度目次を見ると7篇の短編が収められていたが、やはり私には物語の切れ目なく、どこかふわふわとつながっているような読了感が残っている。上手く説明できないのだが、なにか見えない糸でつながっているような、物語の主題ではなくその周りで一人のエキストラが全作品にちゃっかり登場し、それぞれを結んでいるかのような目立たない連帯感がある。確かにそれぞれ単体で読めるし、つながってないと言われればそうなのかもしれない。ただ続けて一息に読んでみると、それぞれ7つの単体がアメーバのようにふにゃふにゃと一つにまとまってしまうようなイメージが残る。

 

「浮遊霊ブラジル」は、妻に先立たれた男が町内会の仲間と旅行に行こうと計画を立てる。できる限り遠いところに行ってみようと、選んだ地がアラン島だった。もうその時点で「お!」っと物語に惹きつけられる。というのも、私はアイルランドにかなりの思い入れがあるからだ。きっと前世のどこかでアイルランド人だったに違いないと妄想するほどに、写真を見るだけでも郷愁を感じる。アラン島といえばセーターやウイスキーで有名だが、私は風の音、波の音、あの独特な音楽を最初に想像してしまった。

 

だから、定年をすぎたアラカンのみなさんが、カトリック教徒でもないのになぜアラン島?という疑問を持って読み進めるのだが、なんと主人公が旅行を計画した3週間後に命を落とす。が、命はないのだが、旅行に行きたい!!!という執念が魂を残すこととなり、浮遊霊となって彷徨い続ける。

 

霊は思った。「これはアラン島に行くまで私は浮遊霊のまま成仏できないに違いない。」だがすぐに大きな問題にぶち当たる。乗り物に乗ることができないのだ。霊なのですりぬけちゃう。さて、困った。これはどう対応するべきか、という壮大な冒険が始まるのだが、なんとなくほっこりなストーリーになっている。そしてこの短編を読み終えると、また1つ目の「給水塔と亀」の一幕を思い出し、やっぱりぐるぐるとつながりを感じる。

 

春のうららかな日になんとも面白い気分を味わえた。著者の作品、もっと他にも読んでみたい。