Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#350 ショートストーリーでも読み応えありますよ

 『死人の鏡』アガサ・クリスティー

ポアロシリーズ第16弾、短編集。

 

オリンピックの時はそれほど気にしてはいなかったのだけれど、今回は唐突に「そうだ!ブルーインパルスだ!」と凱旋が見たくなり、昨日は14時くらいにベランダに出て外を眺めていた。目の前を飛ぶ姿に圧倒され、もうオリンピックは終わったと言うのに「ああ、私は記念すべき時に東京に生きていたんだな」と静かに感動。思えば去年にこれがあったはずで、世の中だってこんなことにはなっていなかったはずだけれど、それでも多くの選手が日本に来てくれて競技に参加しておられる姿を見ると、コロナ禍での参加に心配もあっただろうに日本を信頼して来て下さったんだなとしみじみ思う。

 

さて、年代順に読むことに決めたポアロシリーズ、長編14作を読み続けたところで途中飛ばしてしまった短編2冊と劇を先に読んでから長編に戻ることにした。本来、順番的には劇を読まなくてはならないのだけれど、この作品は小説版と台本版があり小説版はクリスティの作ではない。読みやすそうなのは小説版だけれど、著者の作品という意味では台本版を読むべきだろう。でもなんとなく読みにくく感じられたのでこの作品は後に残すことにした。できれば冬くらいに読みたいと思う。

 

ということで、短編2作目の基本情報はこちら。

Title: Murder in the Mews

Publication date: March 1937

Translator: 小倉多加志

 

本書は4つの短編小説という構成になっており、不思議な事に英語のタイトルは一番最初に掲載されている短編小説のタイトルと同一になっているのに、日本語版は3番目のタイトルを採用している。Mewsという単語を知らなかったので調べてみた。翻訳者は「厩舎街の殺人」というタイトルを付けているので「厩舎街」というのがMewsを指すのだろう。私が調べたものには「(昔、馬車・馬車馬を入れた広場の周囲の)馬屋、(それを改造した)アパート、(そのようなアパートのある)路地、スクエア」とあった。

 

確かに3番目の「死人の鏡」がストーリーとしては最も長くかつ読み応えのある作品だったと思う。短編集の1冊目はvery short short storyという感じで推理の醍醐味を感じられずに飽きるところもあったのだが、本書はしっかりとプロットを追う味わいのあるショートストーリーで、このくらいの長さがなくてはクリスティの面白みは体感できないのだなと実感した。

 

語り手は第三者で、ヘイスティングズの名前は一切登場しない。びっくりするくらいにポアロが警察とともにちゃきちゃきと事件を追っており、しかも「デカと探偵」という日本のドラマなんかではガチで敵みたいな間柄にも関わらず軽口を叩き談笑するまでに進展していた。まあ、ポアロは紳士なので警察を陥れたりしないだろうし、大人の対応で相手を惹きつけていく魅力がある。

 

ずっと言い続けているけれど、もしクリスティ文庫を再販する予定があるのなら、翻訳者や編集者に統一した概念をもって編纂するようにしていただきたい。本書のポアロは人間味に溢れていて、とてもバランスが良かったように思う。出版社さんには三浦しをんさんの『舟を編む』のように研ぎ澄まされた感覚で対峙して頂けたらと思う。とはいえ、100冊近い作品だし「だったらお前がやってみろ!」と上から目線の読者ほど面倒なものはない!とご担当者さんはお怒りになるかもしれない。『舟を編む』は小説もアニメも映画も全部見るほど好きな作品なので記念に貼っておく。

 



4つの短編は、4番目が飛び切り短く、残り3つは「読みました」と満足感を得られる丁度良い長さになっている。どれも簡単には答えの見えない謎解きで、物理的な証拠からの推理より「人とは」を読み解くことから事件の真相に迫っていくパターンだ。

 

本書の翻訳者である小倉多加志さんだが、以前に英文学の勉強をしていた時にいくつか作品に触れたことがあった。1911年生まれで京都帝国大学英文学部卒で実践女子大学で教鞭をとっておられた方だ。私の学生時代にも英文学科の教授の本棚に小倉先生の書籍があったのを思い出す。こうして今、クリスティを読破しよう!なんて思ったのも、学生時代に英文学を勉強したからなんだと思う。

 

それにしても、ヘイスティングズってどういうやくわりなんだろう。ワトソン君はそうそうシャーロックの傍を離れたりしないんだけれどなあ。

 

評価:☆☆☆

おもしろさ:☆☆☆☆

読みやすさ:☆☆☆