Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#394 温かい気持ちになれる時代小説~「卵のふわふわ」

『卵のふわふわ』宇江佐真理 著

温かい舅と姑、冷たい夫に囲まれての同心暮らし。

 

なかなか毎日の生活リズムをつかめずにいる。これから年末に入ればもっと忙しくなるだろうし、今のうちにしっかりライフスタイルを整えていかなくては。

 

心が落ち着かない時は時代小説に限る。著者の作品といえば「髪結い伊三次シリーズ」がある。長編シリーズで登場人物の成長も楽しめる作品。本書も同心の捕物に関わる内容ではあるが、短編とはいえどもずっしりとした芯のある作品だ。

 


本作はタイトルに「卵」とあるように、うっすら料理関連の内容を期待させる。料理絡みの時代小説は高田郁さんの「みをつくしシリーズ」が代表作として挙げられると思うが、食は捕物よりも生活に根差しているから、より心に近い部分に触れられる気がする。

 

表紙の挿絵にあるように背中合わせの男女がおり、一人は刀を持っているから武士であろう。女はお椀を手にして匙を持ち上げつつ涙をこぼしている。そして二人はきれいな卵色の背景の前に立っている。それがストーリーの大きな軸になっていて、読む前には何のことやらと思うイラストがより一層功を奏しているようだ。

 

主人公は同心の家に嫁いだ娘、のぶ。結婚して数年たつがまだ子は無い。夫は正一郎という隠密同心で、のぶは道を歩く正一郎の姿に憧れていたから嫁ぐ話が出たときは周りの反対を押し切って椙田家への嫁入りを進めた。が、その正一郎とはなかなか心が通わない。二人の子供を流してしまい、正一郎の心ない態度や言葉にのぶは少しずつ心が固くなっていった。

 

しかし、そんなのぶを支えてくれたのが正一郎の親で、同じく同心の舅は八丁堀でも有名な人物、頭がよく、食道楽でなんとも飄々とした楽しいおじさん風だ。姑も実の娘のようにのぶをかわいがってくれる。

 

料理の話は舅の忠右衛門がきっかけを呈する。毎食のお菜を気にし、食を満喫している。たまに外食もするし、間貸ししている幇間とも仲良く食の話で盛り上がる。しかし、肝心ののぶは好き嫌いが多くてなかなかお菜も満足に食べられない時がある。夫はそれも気に入らないようなのだが、舅との食べ物のやり取りを通して少しずつ世間を広げていく。

 

「黄身返し」という卵の白身と黄身が逆になったゆで卵の話が出て来た。これ、たまに小説に出てくるけれど昔の人はなぜ!?とビックリだったに違いない。今だとストッキングを使って遠心力でぐるっと反転させる裏技があるけれど、当時はどうやって作っていたのだろう。

 

肝心の「卵のふわふわ」は、だし汁の中に砂糖を入れたとき卵を流しいれ、蓋をして数秒。開けるとふっくらとした卵ができるというもの。怪我をした忠右衛門が食べたがった一品だ。

 

本書は料理の話よりものぶと椙田家の関わり合いかたという心の部分が非常に染みる内容で、言葉も美しくすっと温かいものが流れ込んでくるようなお話だった。人の強さと弱さはうまく混ざり合えば互いを支えるものへと変わるだろうけれど、バランスが崩れれば一方的な我となってしまう。

 

最後には思わぬ展開となるのだが、久々にぬくもり感じる小説で光がともった気分になる。