#362 季節を先取りして「ポアロのクリスマス」を読みました
『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー著
ポアロシリーズ第20弾。
タイトルに「クリスマス」とあるので9月もまだまだ始まったばかりのこの時期に読むのもどうかなーと思ったのだけれど、やっぱり順番通りに読みたかったのでアイス食べながら読み始める。雨続きで少しどんよりした天気だったこともあり、それなりに冬のイギリスを思い浮かべながら読み終えることができた。
Title: Hercule Poirot's Christmas
Pabulidation date: December 1938
Translator: 村上啓夫
本作もアガサの序文があり、義兄ジェームスの要望に応えて書いた作品だとある。
あなたは最近わたしの書く殺人が、あまりに洗練されすぎてきた――つまり、貧血症的になってきた、という不満を述べられました。そして「もっと血にまみれた、思いきり兇暴な殺人」を求められました。それが殺人であることに一点の疑いをさしはさむ余地のないような殺人を!
なるほど、なんだか恐ろしい作品が始まりそうな気配を漂わせているけれど、これもクリスマスシーズンに暖炉の前でゆったり快適な部屋で推理小説を読もうという読者を驚かせたいというアガサの茶目っ気かな?という思いもよぎる。
本作は12月22日から28日の6日間を日を追って語るスタイルになっている。語り手は第三者で、ポアロはクリスマスを友人の大佐のところで過ごすつもりで旅行に来ていたところ、またもや殺人事件が発生し警察をサポートするという流れだ。
舞台はイギリスのロングデールというところで、そこにゴーストン館という屋敷がある。主人はシメオン・リーという老人で、昔ダイヤモンドで一山あて、巨額の富を手にした男だ。百万長者の二倍以上のお金持ちらしい。今は従順な長男のアルフレッド夫妻と共に暮らしており、40年以上一家を支える執事も健在だ。老人は今年のクリスマスは愛する家族と共に過ごしたいと子供たちを呼び寄せるが、実はそんなほんわか家族ではなく、父の奇妙な性格のせいで家族はそれぞれゴーストン館には近寄らずにいた。シメオンの妻はすでに他界しており、その妻のことすらシメオンは丁重に扱ってはいなかったようなふしがある。次男のジョージは国会議員をしているが、ケチで口が上手い。三男のデビッドは芸術家で極度のマザコン、母の他界後は一度も実家へ帰ってはいなかった。四男は未婚でたった一人で帰ってきたハリーで、世界各地を放浪しては実家に金をせびる男。デビッドの妻など初めてやってきたわけだから、そのギスギスっぷりに圧倒されている。
そこへ二人の訪問者が現れた。一人は老人の唯一の孫娘であるピラールで、ピラールの母親ジェニファーがシメオンの娘だ。ジェニファーはスペイン人に嫁いでおり、ピラールもずっとスペインで暮らしていたのだが、母の死によりイギリスへとやってきた。他の家族はピラールが来ることは知らずにおり、突然の登場に驚いた模様。もう一人はシメオンが南アフリカでダイヤモンドの仕事をしていた時の友人の息子スティーブンで、彼は初めてのイギリス旅行で、懐かしい父の友人のおじさんを訪ねてみたというものだった。
とにかく家族の仲が悪すぎて渡鬼風なドロドロ感がある上に、ムダにお金のある家で子沢山なところに孫とか出てくるし、もう遺産がからんだ殺人来そう!感がにじみ出ている。で、思ったように殺人がおき、ポアロが登場して一つ一つ解決していく。今回は密室での事件だったのでポアロの推理なくては事件が解決することはなかっただろうと思えるダイナミックな展開だ。
さて、今回の翻訳は読み始めから数分で飽きが出てしまい前半部の読書はあまりはかどらなかった。登場人物のうち、長男嫁、次男嫁、三男嫁、孫娘が会話するシーンが多く盛り込まれているのだが、女性の会話の語尾に「~ですわ」がこれでもか!な程に並んでいて、それがどうにも気になり話を単調にさせて飽きてくる。下の文章は長男の嫁が夫に話しているところだが、合わせてこちらのサイトで拾った英文も併記しておく。
「それならば、この家の家族の大部分は――不自然ですわ!でも、もう議論はよしましょう!わたし、あやまりますわ。あなたの感情を害してすみませんでした。信じてください、アルフレッド、わたし本当はそんなつもりではなかったのです。わたし、あなたの――あなたの――誠実さには心から感嘆しているのですわ。忠実という徳は、近ごろではめったに見られない美徳ですもの。わたし、ひょっとしたら、嫉妬しているのかもしれませんわ。一般に女は、義母に対して嫉妬心をいだくものだと言われていますが――それなら、義父に対してだってそうしないわけはないでしょう?」
‘In that case, most of the members of this family are—unnatural! Oh, don’t let’s
argue! I apologize. I’ve hurt your feelings, I know. Believe me, Alfred, I really didn’t mean to do that. I admire you enormously for your—your—fidelity. Loyalty is such a rare virtue in these days. Let us say, shall we, that I am jealous? Women are supposed to be jealous of their mothers‐in‐law—why not, then, of their fathers‐in‐law?’
これも長男嫁のセリフだけれど、恐らくミスプリントと思われるところがある。
「かわいそう老人!わたくしはいま初めて、義父のことを気の毒に感ずることができますわ。あの人は、生きていたときは、言葉に言いつくせないほどわたくしを悩ましたものですが!」
‘Poor old man. I can feel sorry for him now. When he was alive, he just annoyed
me unspeakably!’
多分「かわいそうな老人!」とすべきところ一文字抜けてしまったに違いない。とにかく「ですわ」「ですわ」が続いてくると、キャラの区別がつかないし、他にも語尾の使いようがあるのに!と自分ならこう訳すなと英文に立ち返ったりしてなかなか読み進まなかった。
翻訳者は1899年生まれ、東京外語大学英米語学科卒で、本書は1957年に刊行されている。1969年に他界されておられ、その後1976年に早川文庫から再販されているが、同訳のまま出ている模様。そろそろこれは新しく訳し直したほうがよいのでは?と思う点が多く、良い作品であるだけに新訳はぜひ出して頂きたいと思った。
今回私は冴えていて、言葉の平坦さに飽きた!と言いつつも、それが逆に言葉の矛盾を気づかせる原因となって早い段階から「これは!」と犯人の山を張りつつ読書していた。とはいえ、トリック自体はかなり見事で一体どうやって事を成し遂げたのかがわからない。うーむ、こういうところがミステリーの面白さなんだな!と20冊目にしてやっと自分がアガサにハマっていることに気が付いたわけである。
この本は前後する話も出てこないので、年末にミステリーでクリスマスを過ごしたい!と言う方にもおススメできる。とはいえ、イギリスのクリスマスらしいクリスマスシーンは登場しないので、別にクリスマスに読まなくては!というお話でもないかも。
さて、そろそろスピードアップして読み始めないと年内に読み終われなくなりそうなので続けてサクサク読んでいきたい。
評価:☆☆☆
おもしろさ:☆☆☆☆
読みやすさ:☆☆☆