『もの言えぬ証人』アガサ・クリスティー著
ポアロシリーズ長編第14弾。
都内は昨日からまた暑く湿度の高い日が続いている。お盆が過ぎてから朝晩は幾分しのぎやすくなっているが、九州四国地域は雨が続いているようなので地域の皆様にはくれぐれもご注意の上、安全にお過ごし頂きたいと祈るばかりだ。
さて、クリスティー作品を読み進めるにあたり、読む順番はこちらのガイドブックに従って進めることにした。
ところが14弾を読んでいる間、ふと「この読み順で正しいのかな?」と思うに至った。それはポアロが過去の事件について話している場面でどうも思い当たらない内容がいくつかあったからだ。
ガイドブックはこの順番で進む。
- エルキュール・ポアロ長編作品 全33作
- ミスマープル長編作品 全12作
- トミー&タペンス長編作品 全4作
- 短編集 全14作
- 戯曲 全9作
- ノンシリーズ長編 全27作
- 特別収録 全1作
今は1の長編作品を順番に読んでおり、14番目まで読み進んだ。まだ14作目でシリーズの折り返し地点にも届いていないと言うのにもうわからない事件があるというのは、いかに集中せずに読んでいたか、いかに記憶に残らない作品であったか、単に私が忘れやすいうっかりさんだからか、などの理由が挙げられるけれど、もしかするとクリスティー文庫では翻訳されていない作品があり、その作品が飛んでいるからかも!と自分の記憶力を棚に上げ、ひとまず検索してみた。
その前に本作の基本情報を先に挙げておく。
Title: Dumb Witness
Pubulication date: July 1937
Translator: 加島祥造
WikipediaにHercule poirot in Literatureという項目がある。こちらによると、14作目にあたる「もの言えぬ証人(Dumb Witness)」はなんと第17弾目となっている!転写すると、14弾目までの間で読んでいないものは出版年度の後ろに「SS(Short Story)」と記入された物だろう。あとPlayというものもある。
- The Mysterious Affair at Styles (1920)
- The Murder on the Links (1923)
- Poirot Investigates (1924, ss)
- The Murder of Roger Ackroyd (1926)
- The Big Four (1927)
- The Mystery of the Blue Train (1928)
- Black Coffee (1930 play)
- Peril at End House (1932)
- Lord Edgware Dies (1933)
- Murder on the Orient Express (1934)
- Three Act Tragedy (1935)
- Death in the Clouds (1935)
- The A.B.C. Murders (1936)
- Murder in Mesopotamia (1936)
- Cards on the Table (1936)
- Murder in the Mews (1937, ss)
- Dumb Witness (1937) ←今ここ
わかったことは今回読んだ作品はポアロシリーズとしては17弾目だったということだ。このままガイドブック通りに読むべきか、それとも作品が書かれた順に読むべきか。そこでアガサ存命中に読書を楽しんだ人々と同様に書かれた順番、すなわち出版された順番に読むほうがより臨場感があって楽しいかもしれないと思い直した。よって、本書は17弾目で、次に短編の3.7.16弾を読んだ後に18弾へと進むことにした。
何度も書いていることだが、翻訳におけるバックグラウンドが統一されていないことが非常に残念なクリスティー文庫。本作も加島さんの翻訳で、12弾と15弾を担当されていたことからなんとなく既視感のある翻訳であった。会話部分にちょっぴり「?」な部分もあるのだけれど、(例:ええ?という疑問詞が会話文の最後に頻繁に出てくる。「あのロウスンは、おれが気に入らないらしい。少し変だね、ええ?」←こんな感じ。あとは女性の言葉遣いに違和感感じる部分あり)、ポアロの口調が同じであることに安心感がある。
本書は久々に親友のヘイスティングズが登場する。よって語り手は彼の視点からのもので、テンポよく読めた。今回の事件はポアロが手紙を受け取るところから始まるのだが、前半にその手紙を書いた者の背景が記されている。田舎町の名士の家に育った女性からで、昔ながらの頑固な生活をしている風が文面からも読み取れる。そして不思議な事にその手紙は消印より数か月前に書かれたものだった。
その女性をめぐる背景の描写が非常に良かった!イギリスらしさ全開なところへ新しい時代の到来と昔ながらの伝統を維持したい世代の思いが見える。前者がモダンなら後者はヴィクトリアンというところだろうか。この作品が書かれた1937年は日本で言えば昭和12年で夏目漱石の時代と重なる。時代を把握しつつ読み進めると理解がより深まるように思う。
今回のヘイスティングズはなぜイギリスにいるのかは書かれていない。南米に行く前の話をまとめたのかもしれないし、違うかもしれない。でもポアロは一人で住んでいるようなので、やっぱり結婚後のことだろう。それを追求するとポアロの年齢とかがおかしなことになるらしいのであまり深追いするつもりはないが、ヘイスティングズをワトソンに例えるような表現は作品の中でも意味があるように思う。もっとも、ワトソン並みには使えんぞ、という皮肉もあるが。
本作はガイドブックでも「むちゃくちゃ面白いのです」と言っているが、一人ひとりのキャラクターがしっかり確立されている上に、アクが強く、キャラクターが何をしでかすのだろうという楽しみが加わりどんどんと話を盛り上げていく。ガイドブックはコメディーだと言っているけれど、私は戯曲的な面白さがあると付け加えたい。舞台には観客を一瞬でぐいっと引き込むための技を持つように思う。笑いもそうだし、涙もそうだし、驚きもそうだ。五感に大胆に突きを入れてくるような展開が豊富なので飽きが来ない。コミカルなシーンだけではなく、そもそもミステリーだから真剣で息を飲む瞬間もある。これは劇向きだと意見に同意下さる方もいらっしゃると思う。イギリス風なユーモアたっぷりで読み応えのある作品。
評価:☆☆☆☆
おもしろさ:☆☆☆☆
読みやすさ:☆☆☆