Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#402 ポアロシリーズ第28弾 ~ 「満潮に乗って」

『満潮に乗って』アガサ・クリスティ

ポアロシリーズ第28弾、としておきます。

 

ポアロシリーズを読み続けているのだけれど、また順番にあたふたしてしまった。いつもこのwikipediaを参考に読む順番を決めている。


本来本作の前、第28弾として「The witness for the prosecution and other stories」という短編集が案内されているのだが、日本版でどれにあたるのかを調べてみると2冊の短編集に分けて掲載されているようで、この第28弾はアメリカでのみの販売だった模様。このアメリカのみの販売作品は今のところ短編集に多いという印象で、クリスティー文庫では翻訳されていないようだ。ということで、翻訳されていないものは飛ばしてこちらを第28弾とカウントすることにした。

 

Title: Taken at the Flood

Publication date: March 1948

Translator: 恩地三保子

 

翻訳は『杉の柩』と同じ児童文学の翻訳家として知られる恩地さんの訳。

 


本作はタイトルに「満潮」という単語があり、リゾートのある海の近くでの事件でも起きるのかな?という予想に反して非常に重みのあるスタートだった。1890年生まれのアガサは第1次、第2次の大戦を経験している。本書は大戦が幕を閉じてから3年後の1948年に出版されている。この時代の小説を読むと、時に戦争の悲惨さが語られる場面に出くわすが、本書はポアロが空襲から身を隠すところから始まる。戦争中の体験が事件に結び付くという流れだ。

 

事件自体は戦時中から戦後に引き継がれる。クロードという一族がいた。兄弟は4人、上から2番目のゴードンは富をなし、一族の生活を支えてきた。独身でもあったので、姪や甥に教育を与え、事業を立ち上げる助けもした。みな、ゴードンに頼りっきりの生活をしていたのだが、そのゴードンが唐突にアメリカでが二回りほど年の離れた女性と結婚しロンドンに戻ってきた。ところが帰国して数日のこと、空襲で命を落とす。

 

残された嫁には兄があり、憔悴した妹を助けるべくアイルランドからやってきた。問題はゴードンの遺産で、もともとクロード家の面々に託すように書かれていた遺言が結婚により無効となり、すべての財産はゴードンの妻のものとなった。それが全ての不運を招く。

 

圧倒的なのは戦争が残した心の傷の表現で、英語のタイトルであるTake at the floodを見ると洪水や上げ潮に見舞われるわけだから、やっぱり海や川などに人が襲われるようなイメージを受ける。しかしそのfloodは心のことで、堰を切るように心の澱が突然ものすごい勢いで流れ出し、それに飲み込まれそうになるようなところが想像される。読み進めるほどに戦争で受けた心の傷跡があらゆるところに重く沈殿しており、ポアロの出会った事件はいつもよりも心に潜む闇が見えにくい。巧みに隠される陰と陽はこの時期であったからこそ、よりリアルに表現されているように感じられた。

 

とにかく解決までの道の深さにかなりの読み応えを感じた。翻訳は少し違和感がありつつも、ストーリーの力強さに惹きつけられる作品だった。圧巻。

 

評価:☆☆☆☆

おもしろさ:☆☆☆☆☆

読みやすさ:☆☆☆