Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#243 女子旅バックパッカー編

 『いつも旅のなか』角田光代 著

バックパックを背負って世界各地を旅する。

いつも旅のなか (角川文庫)

いつも旅のなか (角川文庫)

 

 

出勤生活が復活し長い長い在宅勤務が明けたばかりなのだけれど、先週1週間のほうが在宅勤務の時間より長く感じたのはなぜだろう。やっていることは変わらないのに「通勤」と「対面」という要素が加わる以外に何か目に見えないマイナス要素が存在しているのだろうか。一週間がそれはもう、ものすごく長かった。

 

ということで、週末に入るや否やストレス封じのための本を購入。そしていくつかセール時に買っておいた本も読み始める。

 

著者の作品はものすごく昔に一度小説を読んだような気がするのだけれど、残念なことにタイトルが思い出せない。今まで特に注目していた女流作家さんではないのだけれど、この一冊は表紙になんとも言えないアンニュイ感が漂っていて、まさに旅のどこかの場面を無意識に切り取ったような写真に惹かれ購入に至った。

 

著者に旅人のイメージはもとよりなく、しかも以前に雑誌か何かで見た著者が小柄で華奢なかわいいタイプの女性だと思っていたので、バックパックでどこでも行ってしまっていることにかなり驚いた。しかもローカルのバスも汽車もなんでも乗るし、屋台の食べ物もふつうに食べる。ホテルではなく数千円の民宿のようなところに泊まり、現地の人とお友達になって遊んでもらったり、想像していたお嬢様タイプどころか旅慣れた感がものすごかった。タイがお好きとのことで、タイを拠点にミャンマーやマレーシアに行ってしまう。スリランカでは地元の人に紛れて山に登るし、北イタリアでも雪山に挑み、キューバでは現地の方のお宅で御馳走になったり。

 

どの旅の話も楽しいのだけれど、いわゆるパックツアーでは絶対に行先としては選ばれないような、飛行機を乗り継いでもなかなかたどり着かないような奥地へも進入しているので初めて聞くようなエピソードが新鮮だった。なかなか旅行記には登場しないようなエピソードが出てくる度にまた著者の姿を想像して違和感を楽しんだり。事前にスケジュールを決めて移動手段とホテルはしっかり予約するような旅ではない。おそらく帰りの飛行機くらいは決めているはずだけれど、現地に到着してから帰るまではほぼフリー。宿も行き当たりばったりで、価格や雰囲気でさっと決める潔さ。

 

バックパッカーというのはみなさんこんな感じなんだろうか。一人で鞄を背負ってどこにでも行くし、旅に怖気づかない強さがあるように思える。私は気が小さいので安全第一を優先するので行程はしっかり事前に確保するし、前々から計画を立てるタイプな上に食べ物にもかなり気を遣う。衛生的ではない環境が苦手なのでアルコールスプレーだのウェットティッシュを山盛り持っていく。しかし著者は本当に身軽に世界を歩いている。こういう強さがなくてはきっと世界を見てきたなんて言えないだろうと思った。私の旅は旅とも言えないような表面をさらっと薄目を開けてのぞいてきただけのこと。バックパッカーこそが真の旅人とは言わないし、バックパッカーで一つでも多くの地域を回ってきたから、長く旅したからと言って旅が人生にもたらす糧が多いとは言えない。

 

著者が35歳くらいの時、ふと旅の途中で「楽しくない」と思う瞬間にぶち当たる。その時初めてバックパッカーという旅のスタイルが年齢に合わないと思い始めたとのことだった。たくさんの国を歩き、刺激を受け、いつもワクワクの旅行のはずが、ふと「つまんない」と急変する。ある程度の出来事には対応できるようになると、ふと「もういいかな」と卒業が訪れることがある。旅に限らず、好きな食べ物や音楽や映画をずっと見ていると、ある瞬間に体が「もうずいぶん取り込んだし、このあたりで次に行ってはどうですか?」的なメッセージを送ってくるのかもしれない。今、著者はどんな旅をしているのだろう。続けて他のエッセイも読みたくなった。

 

よく「自分を探す旅」などというフレーズを耳にするけれど、私のような旅の仕方では自分を探すどころか旅で余計に人生に迷ってしまうことだろう。ディープな心の奥深くに響くような旅をしてこそ、著者のようにその場の瞬間瞬間をちゃんと言葉で残せるように感じられてこそ、見知らぬ土地にいる自分を振り返ることができるのかもしれない。女性版の深夜特急のような一冊。