Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#119 半沢直樹の次は江戸時代のビジネス小説を

 『あきない世傳 金と銀(九) 高田郁 著

大阪天満の呉服問屋五鈴屋に奉公した幸が、主に認められ一家に迎えられるも、嫁ぎ先での数々の難関に合う。女の商いがままならない大阪から江戸へ出た幸と五鈴屋には苦労が続く。

あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇 (ハルキ文庫 た)

あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇 (ハルキ文庫 た)

  • 作者:高田郁
  • 発売日: 2020/09/12
  • メディア: 文庫
 

 

今や時代小説界のヒロインは高田郁さんではないだろうか。文庫本のしおりには著者の出世作である「みをつくし料理帖」シリーズの映画化のお知らせがあった。この作品はすでにNHKでドラマ化されているのだけれど、映画版ではどうなるのかが楽しみ。

 

さて、こちらのあきない世傳もすでに9巻目となり、まだまだ佳境は続いている。この小説もかなりファンが多いのだろうなと思うのだが、呉服を題材とし「商い」とはどうあるべきが追及され、尊いビジネスの在り方がひしひしと伝わってくるので読みごたえがある。日々の商売の機微が見え隠れする場面では小さなきっかけに雲が晴れるような瞬間もあり感動も大きい。高田郁さんの作品に出てくる女性は生き生きとして凛としたところがあり、「ああ、こうありたい」と思わせるような華やかさがあるのも魅力で、そんな主人公が一つ一つ難題を切り抜けていく姿に気分爽快となる。

 

日本のビジネスが大成する過程の中に財閥の存在があるが、そんな財閥も始業に置いては呉服に縁がある。日本の屋台骨を支えているといっても過言ではない総合商社も繊維業からのスタートというところもあるらしい。そもそも「衣食住」の衣は着物であったので呉服や太物がビジネス界の中心に近いところにあってもおかしくはない。

 

経営者として店を守る、暖簾を守るというのは今の時代も大変なことだけれど、経営者一人で頑張ったところで商売は成り立たない。働き手、部下が居てこそなわけだけれど、昨今はブラックな面も浮き彫りになり、働く意欲などどんどんと薄くなる。この本には雇い手側の人となり、暖簾への誇りや忠誠心、働き手の清廉さが美しく、「ああ、こんな思いでこんな人たちと働きたい!」と切に思わせる力がある。幸の下で働くのはきっと厳しいだろう。しっかりと礼儀作法を身に着けるのはもちろんだが、店で寝食を共にするので生活に対する教育も厳しかろう。掃除一つ、食事一つにしてもきっと無駄がないだろうと思う。ただただ働くのではなく、自分を磨きつつ、学びつつ、いつか店を支える側になるための準備となるべく人を育てる。だからこそ暖簾への忠義は厚く、一員であることに誇りを抱けるのだろう。

 

私は見ていなかったけれど半沢直樹が高視聴率だったという。このあきない世傳も半沢にちょっと似たところがあるかもしれない。悪があり、邪魔が入り、一つ一つ強い意志と正義感で立ち向かっていく。うん、やっぱり似ているな、幸と半沢。

 

大阪の天満の五鈴屋の江戸店をまかされている幸だが、大阪から連れてきた4人とともに江戸でも苦難の連続である。本作は江戸店以来ずっと傍らでともに暮らしてきた妹の結の行く末いかに!という内容だった。はらはらするのは毎回のことだけれど、読み終わった後の達成感はまるで自分が店を一つ任されているかのような気持ちになる。大阪と江戸では文化風習が異なることは知っていたが、恵比須講を知らない大阪五鈴屋のエピソードに徒歩20日かかった京阪ー江戸間の距離は、今ならば近隣外国くらいの差があったのかな、と考える。

 

一つ一つの言葉が美しいのもこの小説の特徴で、大阪の商いの言葉はなんと温かく、相手を慮るものが多いことに感嘆する。昔の日本には本当にこんなにも心根の暖まる美しい店があったのだろうか、いやあって欲しい。そして今この時代にもこうあるべきと襟を正せる作品だ。仕事へのモチベーションアップにもなるし、何か自分の仕事に生かせるのでは?というヒントも多い。ただ、幸のような上司を得るにはよっぽどの運がないと無理だろうなぁ。