Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#063 こんな時こそ和菓子で心を落ち着けたい

 『まるまるの毬』西條奈加 著

江戸時代の和菓子屋さんが舞台の小説。全国各地の銘菓に想いを馳せる。

まるまるの毬 (講談社文庫)

まるまるの毬 (講談社文庫)

  • 作者:西條 奈加
  • 発売日: 2017/06/15
  • メディア: 文庫
 

 

この頃はコロナのせいか、天候のせいか、なかなか気分の晴れることがない。そんな時に料理の本はふっとどこかに連れて行ってくれるような大きな気分転換をもたらしてくれるが、それが料理をテーマとするエッセイだと旅行気分も味わえてより楽しく、小説となるとストーリーに没頭できてさらに心が弾む。

 

夏になると西洋の焼き菓子よりも和菓子が食べたくなる。こんがり焼けたきつね色のマドレーヌやクッキーも美味しいけれど、和菓子の多彩な色合いのほうが「ああ、冷たいお茶と一緒に頂きたいなぁ」いう気持ちが強くなる。個人的に水羊羹はあまり得意ではないのだが、夏の和菓子は驚くほど多彩で次から次へと食べたいものが頭に浮かぶ。

 

その点洋菓子だと夏はゼリー一択。嗜好を変えてと思ったところでムースくらいなものだろうか。むしろ飲み物のほうが多い印象があるし、あとはベリー系をふんだんに使ったケーキ類がメインのような気がする。

 

この小説の舞台である南星屋は麹町にある小さな和菓子屋で、毎日お昼前に開店するが小さなお店なのでそう多くは作ることができない。だから毎日あっという間に売り切れとなってしまう。さらにお店の人気は味はもちろんのこと、毎日店主の趣向で異なったものが数種販売されるから開店を楽しみにする人も多い。

 

南星屋は店主の治兵衛と娘のお永、孫のお君の3人でお菓子作りから店のやりくりまでをこなす家族経営で、たまに治兵衛の弟であり出家したお寺の住職である五郎がやって来ては兄の作った菓子を頬張るという日々だ。雰囲気がなんとも和やかで温かい。こんな人たちの作る和菓子、絶対美味しいに違いないと思わせるようなお人柄だから、読んでるこちらも和菓子が欲しくてたまらなくなる。

 

治兵衛の作る和菓子は、上野山下の菓子屋で10年の修行の後、年季明けの後は2年の御礼奉公をし、菓子の基礎を学んだ。12年というと20歳を少し過ぎた頃だろう。それから江戸を離れ、日本各地を訪ね歩き菓子について深く学ぶ。その間に結婚もし、娘のお永が生まれるのだが、残念ながら妻は旅先の九州で他界し、治兵衛はお永を連れて江戸へ戻り麹町に店を開いた。それが南星屋である。治兵衛は旅の間に食べた菓子の記録を取っており、それは今では膨大な冊数となっている。お永は治兵衛の記録したお菓子の本を絵本替わりに育ったようなものなので、どの巻に何が記されているのかを熟知している。治兵衛が毎日作るお菓子はそんな行脚の中で出会ったお菓子たちを再現したものである。

 

物語の初めに出てくるのは「カスドース」という長崎のお菓子だ。治兵衛は印籠カステラという名前で売り出すが、これが平戸藩松浦家に代々伝わる秘伝の菓子ということでお上より出頭を命じられてしまう。ここから物語がどんどんと展開していくのだが、思い起こせば平戸。ちょうど去年のこのくらいの時期に仕事で訪問していたことを思い出した。

 

その時はまだこの小説にも出会っていなかったし、「カスドース」というお菓子があることは知っていたが、カステラ系は全て長崎市がメインだと思っていたので平戸のお菓子へと気持ちが向くことすらなかった。ほんの数時間の平戸滞在で仕事だけをこなして帰ってきてしまったとはなんともったいない!この物語に出てくる平戸藩松浦家だが、調べてみると実在する。小説の中で「百菓乃図」というお菓子の事典のようなものを松浦家で編纂したとの内容が出てくるが、なんとこれも実在する。

 


ああ、本当にもったいないことをしてしまった。ゆっくり散策すべきであった。カスドースはとにかく甘い!という印象があり、一言でいえば卵の衣で揚げたカステラを砂糖でまぶすという江戸時代で言えば最高の贅を尽くしたお菓子であろう。滋養にもよいだろうし、なにより長崎県の熟したような夏の暑さにぴったりだと思う。

 

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カスドース、写真を見たら懐かしくなった。「甘い!」と叫びながら食べたことを思い出す。

 

この小説、続きがあるということを知ったので早速購入した。お料理関係、お菓子関係の小説もどんどん読んでいきたい。