Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#032 なぜあんなに憤るのかが知りたくて

 元在日本大使の彼の国評。2017年春くらいまでの内容となっている。

韓国人に生まれなくてよかった

韓国人に生まれなくてよかった

  • 作者:武藤 正敏
  • 発売日: 2017/05/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

仕事で彼の国と接することがあるのだが「ん?」と思うことがあまりにも多い。本当に対応に窮してしまうのだ。ある日の例。彼の国の方が私にこんなことを宣った。

 

『私は日本との取引も長く実績もあります。◯◯という百貨店がありましてね、ああご存じないと思いますがあちらは商材を置いてもらうのも大変で…』

 

日本人の私に日本の説明を10分ほど、口を挟む隙さえ与えずに延々と語った。ちなみに◯◯は銀座4丁目交差点のライオンさんが鎮座しておられる、日本国民ならだれもがよーく知っている某有名デパートのことである。とある商材を厳選して販売しておられるという話を数分聞かされたのだが、でもなんだか辻褄があわない。おかしいぞと質問を繰り返すが、相手の回答を聞いても的を得ない。それもそのはず、よくよく聞いてみるとそれはまた別の百貨店のお話で(新宿3丁目のあちら)、しかもその担当さんは前職の再に取引の経験があると言いながらも本当は納品実績なんてまるでなかった。

 

昨今の情勢を考えても、彼の国とのビジネスは地政学リスクが高い上に為替の状況まで踏まえると不安要素は増えてくる。ということで、少し彼の国について学んでみようと思った。まずは元日本大使であった方が書かれた2017年春くらいまでの、現大統領就任直後の状況についての本から読んでみる。

 

彼の国の方々は現大統領の選出にあたり元大統領をまず罷免デモにより引きずり降ろしたわけだが、この時の流れを機に私はあまり彼の国を手放しで受け入れることができなくなったように思う。

 

韓国人は、頭ではなくハートで考える。論理的には理解できても、ハートで飲み込むことができなければ問題を蒸し返してくる。

 

武藤元大使曰く、頭ではなくハートとおっしゃっている。「私がそう感じたからそれが真実」という理屈になってしまうのだろうか。だとしたら、相手に対する信用というものはどうやって築いて行けばよいのだろうか。「私が好きな商品だから日本でも売れるに違いない」とかいう論理を何度か聞いたが、それこそ「ハートで考える」の良い例だと思う。

 

日韓貿易の対日赤字問題も、竹島問題や歴史問題も、日本側がロジカルに説明を重ね、韓国側が一度は理解しても、しばらくすると再び持ち出してくる。しかも、いったん激昂してしまうと、得てして周りが見えなくなってしまう。 

 

アンダーラインを引いた部分、膝を打った。本当にコレに尽きる。その場その場をどうにか凌ぐことに注力されるので、一つ指摘するたびに上から重ねてくるお話も道理に合わず。御本人は一貫性が無くなる始めていることに気づいておられないのも問題。そしてそれを指摘するとどんどんエスカレートして堂々巡りに…。きっとネットでいうところのファビョンというのがそれにあたるのかもしれないが、私は幸いにしてビジネス以外の場面に飛び火するような会話に発展したことはなく、上記のように政治の場面で接しておられる方々はご苦労が耐えないことと思う。

 

要するに、韓国人は現実を直視するのではなく、「こうあってほしい」という期待感だけで北朝鮮の動向を判断しているのだ。

 

期待感が彼らにとっては「確信」ということになってしまうのだろうか。例え一度契約が結ばれたとしても、「なんか違う」となれば簡単に反故にするということが政治の現状でも起きているゆえ、ビジネスでも注意が必要なのだろう。win-winだとか、三方良しという概念は通用しないと考えるべきかもしれない。

 

私はこのような韓国人の特質を大いに危険だと感じている。同時に、安全保障に限らず、より一般的な意味で日本人が韓国人と付き合う際には注意が必要だということも述べておきたい。なぜなら、韓国人の期待値を考えておかないと、彼らは自分たちに客観性がないのを棚に上げ、「あなた(日本)は私(韓国)を根拠なく非難している」という感覚に陥りかねないからだ。 

 

彼らの期待値をまずは確認し、それを一旦理解した上で話しに挑まない限り商談は進まない。私が出会った方には欧米の大学で学び、素晴らしいお人柄の方もいらっしゃったし、業界についての知識も豊かで楽しくプロジェクトを推進した記憶もある。だが、残念ながら逆のパターンもあるわけで、一度問題が発生すると取り戻すのに尋常ではない苦労が伴った。その傷が生々しく残っている上、最悪の状況を想定して動くためにも彼らの「期待=現実」というイメージを知ることができたことは大いなる助言である。

 

この頃話題になっている例の「像」に関連する内容についても2017年の時点ですでに指摘されている部分があった。ああ、なるほどな!とすんなり理解できる出来事であったので、関心のある方は一読されるとよろしいと思う。