Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#724 大作、読み終えました!~「居眠り磐音 51」

『居眠り磐音 51』佐伯泰英 著

ついに最終回。

 

ついに最終巻となりました。

思えばマンガ以外にこんなに長い連載を読んだのは初めてかも。小説で51巻まで、執筆期間も約15年というから、超超超大作だ。1巻からぐいぐいと物語に引き込まれ、あっという間読み終えた今、感無量以外の言葉が全く出て来ない。ああ、ついに読み終えてしまったか!と少し寂しく卒業みたいな気持ちである。

 

最終巻、磐音は豊後関前へと旅立った。家族を連れ十数年ぶりの帰郷である。急な豊後行きは父である国家老正睦の健康状態がいよいよ危ないとの知らせがあったからだ。尚武館を継ぐべく磐音が佐々木家へ婿養子となり、坂崎家は妹伊代の嫁ぎ先から、夫の弟遼次郎を坂崎家の養子として迎えていた。

 

遼次郎は養子が決まってすぐに江戸勤めとなり小梅村の尚武館にも通っていた。まだまだ青年だった彼もすでに3児の父となっており、すっかり坂崎家に馴染んでいる。磐音には田沼との闘いの他、旧藩との闘いもあった。どんなに取り除いても、甘い蜜を吸おうと寄って来る者がいる。この度も関前藩には悪政がはびこる兆しに磐音が動く。国家老である父は、まず人選のミスが自分にあることを認め、悪の芽を摘むべくあらゆる手を打っていた。そこがまたすごい。

 

磐音は最後に父の手を取り、己の道をまっすぐ進む。関前だけではなく、江戸の尚武館も家斉のお墨付きということで繁栄を見せていた。磐音の生き方は剣の道、それも友を討ったことから人の痛みに沿った深い慈悲の心がある。決して偉ぶることなく、常に謙虚で温かい心で分け隔てなく人に接する。哲学者のような、宗教者のような、ぶれのない真っすぐな生き方をこの51巻の中で常に感じることができた。この最後の一巻でも磐音の人柄は全く変わらず、若先生と呼ばれていた頃よりも貫禄がでたことで「完成」と言える満足感が読み手にも伝わる。

 

一方でやっと16歳となった息子の空也が関前から修行の旅に出た。終わりの数冊は空也の成長にもフォーカスが当てられており、これが続編に続くことを予感させる。幼い頃から磐音の指導を受けた空也は、すでに他を寄せ付けない技がある。そこに磐音のような心の成長を促すため、著者は空也をも旅立たせたのかもしれない。

 

たしかに若い年齢で人に刃を向け傷つけることは、トラウマにすらなりつつある。もっと言えば命に係わる問題であれば、それ以上の心理的負担があるだろう。それを乗り越え、武士として、尚武館を継ぐものとして、どのように心身を鍛え父の栄光を乗り越えるのか。これからの空也が楽しみである。

 

また今は関前にて紅花を育てる奈緒一家にお紅という娘がいる。なんとなく、父が果たせなかった思いを次世代が追うのかな?という匂わせ感も気になるところだ。

 

武士が主人公の物語の場合、「ハッピーエンド」とはどういうことか?と考えてみた。思い人と結ばれる、仇討ちが叶う、成功するなどなどあるが、まとめると登場人物の願いが成就することにあるのだろう。磐音の場合、目指すところが高すぎて51巻でそこに達しているのかどうかはわからないが、とにかくもう圧巻の作品。