Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#640 師走ですね~「甘露梅」

『甘露梅』宇江佐真理 著

お針子としての吉原での生活。

 

師走に入り、挨拶廻りの準備などで忙しい。今週あたりから来客も増え、みなさん仰ることが「旅行客増えましたねー」である。10月あたりから日を追うごとに、本当に1日単位のレベルで外国人観光客が増えていることを実感している。土日の銀座、日本語より外国語のほうが多く聞こえてくるくらいだという話もよく耳にする。東京駅も通常の混雑に加えて、道を確認しようと立ち止まってスマホを見る方が通路をふさいでしまうので正直少し歩き難いなあと思ってしまうのだが、とは言え日本にやって来て経済を潤してくれるのはありがたいことである。

 

私の会社でも10月以降は毎週のようにお客様や出張者があり、長い人は2週間くらい滞在されるのでその間のケアが大変だ。ホテルも満室に近い日も多く、観光業の方にとっては忙しい日々がまだまだ続くのかもしれない。

 

隙間時間に読書はしているのだが、書き残す時間がないのが困りどころだ。早速本書についても忘れないうちに残しておかなくては。

 

主人公のおとせは夫を亡くしたばかりであった。疲れたと横になったきりぽっくりと逝ってしまい、本当にあっという間だった。おとせには二人の子があり、長男は奉公先でやっと手代になったばかり。娘はすでに嫁いでいる。これから一人でどうしようかと思いあぐねていた矢先、長男が「嫁を取りたい。ついては早々に祝言を上げたい。なぜなら、すでに子ができてしまった。」と打ち明けた。家族ができたとなれば、住む所が必要になる。かといって、新婚夫婦と狭い長屋で暮らすのも気が引ける。

 

夫は八丁堀を手伝う岡っ引であった。その伝手で、一つ給金のよい仕事がおとせに舞い込んでくる。もともとおとせは針仕事が得意で、その腕を買って一つ頼みたいとのことだったから、てっきりお店で着物をあつらえる仕事かと思っていた。ところがおとせに是非にと勧められたのが海老屋という吉原の大門の先にある店だった。それも住み込みでのお針仕事だ。

 

吉原でも格のある店での針仕事に、最初は緊張するも次第に慣れてきた。意地悪する人もいるが、優しく接してくれる花魁もいる。おとせの事情を知っているものが殆どで、困りごとや相談事が何気なくおとせの元にやって来ることもあった。

 

吉原での日々が生き生きと描かれているのだが、身売りされた女たちだけではなく、彼女たちを支える側の世界が中心になっていることから、人の生い立ちや生き様など、多くの背景が見えてくる度に物語がどんどんと深くなる印象が残る。吉原というところは、生死を強く意識させるところがあるが、本書はその儚さが見事に表現されていて、目の前にぐいと迫って来るような凄みがあった。感情がもろに現れると、大きな渦のようにぐるぐると回っている感じ。

 

吉原の話となると、どうしても花魁となった不遇の人生にスポットライトが当たってしまうが、それでも凛として生きていかざるを得ない、強くならざるを得ない人生に一瞬の弱さが見える時、ふとその人物が幼子であった頃を連想してしまう。そして、廓での人生とは、望むものはほんの些細なことであったのかもしれないとしみじみ思ってしまう。

 

こいうところに時代小説の美しさを感じるわけです。本書も映像化されたら良いものが作れると思うが、演じる側にとっては非常に難しいストーリーであろう。