Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#612 句の世界に見る優美さ ~「言葉の園のお菓子番」

『言葉の園のお菓子番 1』ほしおさなえ 著

連句の美しさ。

 

秋になり読書欲が増している。週末、本当は和菓子と緑茶で読書しようと思っていたのに、なぜかずっと気になっていたクッキー缶を購入した。これはこれで本当に大正解で、今後一生ここのクッキーしか食べたくないと思わせるほどに味わい深い染み入る美味しさだった。間違いなく私史上1番、ベストオブザベストクッキーと言っても過言ではない。

 

とは言え、和菓子熱が冷めたわけではなく、せっかく秋だから!という気持ちは変わらない。和菓子購入のネックは買うタイミングの難しさだ。仕事が終わってからでは路面店はすでに営業を終えていたり、デパートだと売り場のほとんどに「本日は完売いたしました」の文字が並んでいる。結局何も買えず悲しいことになる。かといってランチタイムに買いに行くのも難しいし、和菓子熱が高まるたびに悶々とすることになる。週末買いに行けばよいのだが、休みたい気持ちが勝ってしまい自宅から徒歩圏内より出たくない。とりえあずコンビニで団子を買って来て食べてみたが満たされず。帰宅途中、味気無さを誤魔化すために、読んでいた仕事系の本ではなく小説を読むことにした。

 

久々に時代小説ではない何かが読みたい気分になり、Kindleの未読から本書を選ぶ。たしかこの小説はタイトルの「お菓子」に惹かれて購入したはずだ。なんとも美しいタイトルだが、シリーズもので3巻まで出ていることを知り、ひとまず1巻目を読んでみようと購入した。

 

主人公の一葉は書店に勤務する20代半ばの女性。昨今の波に呑まれ、勤め先である書店が閉店に追い込まれると同時に、一葉は失業してしまう。次の仕事がなかなか決まらず実家に戻った一葉だが、亡くなった祖母の思い出に触れ、祖母が熱心に続けていたサークルへ通うこととなる。

 

きっかけは引越しの荷物だった。書店に勤めていたくらいだから一葉も本が好きで、自宅に持ち帰った書籍の数は多かった。自室に置けず、かつて祖母が使っていた部屋に本棚を新たに置き、そこへ収めることにした。その時、ふと祖母が入院中に「ノートを見て」と言っていたことを思い出し、手に取ることに。そこには一枚のメモがあり、お菓子を届けて欲しいと綴られていた。

 

祖母はかれこれ数十年、連句の会に通っていた。月に1度、お菓子やお弁当を携えて出かけていく。一葉も誘われてはいたのだが、なかなか休みの都合も付かずで結局祖母と一緒に通うことは叶わなかった。祖母のメモには月別に店名とお菓子名が書かれており、その中には一葉にも馴染のあるものもある。まずノートにあった連絡先にメールでコンタクトを取り、次の会に行くことにする。

 

1巻目はその毎月の連句会の様子が書かれており、会に行く前に一葉がお菓子を買いに行くシーンも描かれている。連句会のメンバーは年齢も職業も様々で、名前以外の個人の背景については深入りしない習慣のようだ。ただ一緒に連句を作る仲間であり、互いの事情はよくわからないけれど、心の根っこをわかりあっている連帯感がある。

 

一葉が参加するようになり、祖母の代わりにお菓子を届ける度、メンバーはみな祖母のことを思い出し、いろいろな話をしてくれる。連句を作ることの楽しさに一葉も毎月参加するようになるが、連句への思いが深まるほど祖母と一緒に通いたかったという思いを強めていた。

 

とにかくその連句がものすごく心に残る。完成した連句の響きのみならず、作品を作っていく間の一句一句のつながる瞬間や「五七五 七七」のたった31文字で表面には現れずとも込められた思いは、読み手の数だけ遥かに多くのことを連想させる。数十字は瞬間から永遠、過去から未来、込められる思いは無限大だ。

 

最初は菓子に惹かれての読書だったが、いつの間にか連句に惹かれていた。それどころか五七五で文章を書いてみたほどだ。なんと深く難しいことか!時代小説でも一句俳句でもひねってやろうと苦心する姿がたびたび描かれているが、大きな気持ちをコンパクトにまとめ、読み手にその情景を鮮やかに脳裏に描かせられるほどの名句など絶対に簡単に生まれるものではない。にわかの文章作りではあったが、こういった日本の伝統文学に触れることで心の豊かさを感じられた。詩とはまた違う凝縮された宇宙。

 

小説の文体もまた優美。一文字も削ってはならないような、全体の中で全ての文字が同じように存在感を持っているかのような、なんだろうなあ、果物の全てがぎゅっと込められたしぼりたてのジュースを味わっているような気分。

 

この小説は絶対に近いうちに2巻目、3巻目を読むつもり。その他の著者の作品も読んでみたくなってきた。俄然やる気が出てくる。