Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#608 未完の文字が何とも悲しい~「うめ婆行状記」

『うめ婆行状記』宇江佐真理 著

遺作。

 

せっかく読書三昧な10月をと思っていたにも関わらず、水際対策の緩和によってまたもや「日本行くよー」との連絡が増えて来た。確かに外貨を落として下さる観光客の皆様にはありがたい気持ちもあるのだが、11月には2度も公休日がある。(3日の文化の日と23日の勤労感謝の日です。)10月も結局休めなかったことを思うとなんとも複雑な気分である。

 

気分がダウンしてしまった時にはやはり時代小説で江戸に思いを馳せようと本書を読むことにした。アガサシリーズを読むべきところなのだが、それほどダークではないアガサ作品とは言え、なんとなく明るく前向きな気分になりたくて本書を選択。

 

著者の作品は「髪結い伊三次シリーズ」ですっかりファンになり、作品を見つけては読んでいる。


シリーズを読んでいる途中、あとがきの著者の言葉に癌に侵され闘病生活を送っておられること、そして66歳という若さで2015年に他界されたことを知った。私が初めて著者の作品を読んだ頃、すでに著者の作品はすべて世に送り出された後だったわけだが、シリーズ作品を1巻から順に読んでいたこともあり、その当時のファンの気持ちを追体験したような気分だった。

 

さて、本書は表紙のイラストもなんだか楽しそうで、最初からテンポの良いストーリに江戸っ子らしさが期待できそうな予感。主人公のうめは、伏見屋という酢と醤油問屋の一人娘だ。伏見屋は大店で、兄、うめ、弟は何不自由なく育つ。決して器量よしというわけではないうめだったが、伏見屋の地域を任されていた同心の部下に見初められる。

 

同心というのは今で言えば刑事と警察官の間のような感じと認識しているが、その身分は武士でありながらも非常に低かったそうだ。町人にとってはたとえ下級身分とはいえ、武士は武士。町人にとっては頭の上がらない存在だ。町人よりも貧しく生活苦に喘ぐ武士は多かったというし、伏見屋のような大店の娘であれば、同心に嫁ぐことは生活レベルがぐっと落ちる。

 

出来ることなら同じような商いの規模を持つ商家に嫁がせたいと考えるのが親心だ。ところが、うめの親もどうにもできない事態が生じてしまった。なんと伏見屋に内偵者がおり、近く泥棒に襲われるという情報を得た同心たちは、伏見屋の周囲を日夜警備し、ついには族を捉えてしまった。同心に恩が出来てしまった伏見屋は、うめを好いているという同心、霜降三太夫に娘を嫁がせる。

 

そのうめも、今は50を目の前とする歳となった。武家に嫁いで30年、4人の子供を育てたうめだが、夫が他界したことをきっかけにかねてからの夢「一人暮らし」をしてみたいと考える。実の息子には反対されるが、弟夫婦に相談して実家近くの裏店に住まうこととなった。夢に見たひとり暮らし生活は武家とも実家とも異なり、毎日がドタバタさわぎだ。

 

うめ婆、次は何をしてくれるのかな?と読み進めていたら、突然次のページに「未完」の文字が現れた。そうか。この作品は著者が闘病生活の中で書かれた遺作であったか。勝手に楽しい作品と思いつつ読んでいただけに、突然江戸から現実に戻されたような、夢から覚めたような気持ちになった。

 

うめの実家の縁、嫁ぎ先の縁、それぞれにしがらみがあるわけだが、それがひとつひとつ解れていく。今までのように八丁堀に居ただけでは見えてこなかった実家の問題に手を貸し、逆に見え過ぎていた霜降家の問題は距離を置くことで緩和していく。

 

時代小説の良いところは、日本語ではなかなか伝えられないことが外国語になった途端にするりと言えちゃったりするのに似ていて、表現しにくい心の芯の部分がストレートに表現されるところにある、と私は考えている。特に家族というテーマは誰もに共通するが、人の数だけ「家族」の姿があり、そこには大小の問題が横たわっている。

 

実家の家族と嫁ぎ先の家族は身分の違いもさることながら、一方は裕福で一方は慎ましい。しかし婚礼などではその垣根がうめを中心にゆるりと解け、一族が和気藹々と生きる。艱難辛苦の末の幸せ、それが一族の姿に見事に描かれており時に涙。読了後、過去となった姑や夫、未来を築く孫たちに心を傾けるうめの姿に、「生きる」とは?と考えさせられてしまった。うめを通して、家族の姿を俯瞰するような気持ちになり、著者がこの作品をどのようなお気持ちで書かれていたのだろうかと妄想したり。

 

うめ婆の家族のキャラクターに元気をもらうも、「未完」の文字になんともしみじみと諸行無常

 

旅行割、函館に行ってみたいと思っていたのだがすでに北海道は終了。著者の故郷、いつか訪れてみたい。