『赤ひげ診療所』山本周五郎 著
小石川診療所の名医。
気が付いたら9月も最終日。日中はまだまだ日差しの温かみが残るが、朝晩はすっかり秋の気配だ。秋と言えば読書、来月も楽しい読書生活を送りたい。
さて、この夏、長期出頭で山での生活となった時、天気予報や地域の情報を得るためTVを見ることが多かった。東京では全く見る機会がないのでちょっと珍しい気持ちもあってザッピングを繰り返していた。結局目に留まるのは時代劇ばかりで、それが小説が元と知ると急に興味が増して最後まで見てしまったりも。
その中の一つが本書を元にしたドラマだった。私が見たのは多分これ。
「赤ひげ」と聞くだけで、医者のお話だろうなというのは読書好きなら絶対にぴんと来るほどの有名な作品だが、これまでになかなか読む機会に恵まれなかった。それがドラマを見て俄然興味が湧いて本書を購入。いつもは小説を読み、それから映像化されていることを知るパターンが多かったが、今回は全く逆の流れとなった。
保本登は長崎で蘭医を学び、江戸へ戻ると同時に小石川にある診療所に勤めることとなった。もともとは帰省後はお目見医として世に羽ばたくはずだった。それが長崎に行く前のこと、父親の友人の娘、ちぐさとの婚礼が決まっていたが、登は「帰ってからでも良いだろう」とちぐさを信じ、事前に婚礼を行わずに西へと旅立つ。ところがちぐさは、父の下にいた見習い医とともに夜逃げをするように親元を去り、なんとその男とあっという間に結婚してしまった。
登はそのことがなかな許せずにいたのだが、江戸に帰ってすぐに要人の治療にあたる職よりは、少しクッションをかませてからのほうが良いだろうという親心で、「赤ひげ」こと新出のもとで修業することとなる。
小石川は他の小説でもたびたび登場するので、なんとなく馴染みがあるような気持ちになってくる。赤ひげは腕が良いだけではなく、貧するものの傍らにより、貧しさから来る心と体の病を治療する。それが登の目にいつしか「医療とは」の概念を覆すような影響を与えるというお話。
読んでみるとドラマとはちょっぴり異なるところがある。まず、小説では登が務めると同時に入れ替わりで外へ出た津川がずっといる。で、その津川役の俳優さんの醸し出す存在感がむしろ登より強く、この方の演技を見ているうちに「ああ、これは小説読むべきかも」と思えた。
小説での津川は最初と最後に登場する程度で、それほどの役割は果たしていない。医学に対する熱意が薄く、口のうまいお気楽な男という印象はしっかり与えてはいるが、ドラマで演じられた津川はそれがもっと際立っている。
読了後には登の成長、街の人々の生活にすっかり心が動かされており、もっと読みたいという気持ちが湧いてくる。見るとこのドラマもすでにシリーズ3作目まで出ているようで、「ああ、わかるわ!そうだよね。もっと見たいよね!」と一人で勝手に納得。小説には小説としての読み応えがあり、ドラマも引き込まれるような演技のすばらしさに目を見張る。
やっぱり時代小説は楽しいだけではなく心を奮い立たせる何かがあると確信した一冊。