Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#576 絵本に魅せられた大人の留学記~「イギリス絵本留学滞在記」

『イギリス絵本留学滞在記』正置友子 著

54歳からの本格留学。

 

週末、この頃お気に入りのクッションの上に派手にコーヒーをこぼしてしまった。ちなみに、これです。無印良品のもの。

 


これ、本気でおススメ。税込みで2990円とお財布にも優しい価格帯で、お色は3色。我が家には現在ベージュが2つあり、まだあと2つくらいあってもいいと思っている。大きさも丁度良く、普段は一つを背当てに、一つを膝の上において本を読んでいる。クッションがふわふわと柔らかいので重ねて使うと用途もぐんと広がってくる。

 

で、これがないと読書が捗らないほどお気に入りなので、コーヒーこぼした瞬間、おおおおおおおお!となった。このクッションはカバーがないので、汚さないように気を付けていた。呆然としている間にどんどんとコーヒーが浸食していく。オロオロしつつもなんとかしようとタグを見た。なんと「洗えます」表示がある。おおおおおおおお!と軽く水洗いした後、洗濯機で洗ってみた。縮んだらどうしよう。変形したらどうしよう。そんな心配もなんのその、染みもなくキレイに落とせて大満足です。ああ、やっぱり良品。あと2つ買いだな。

 

そこでクッションが乾くまでの間、児童文学の山の中から最も字数の多そうな本書を取り出す。赤い表紙に添えられているイラストがとてもかわいい。運河沿いで黒猫が男の人と話し込んでいるような牧歌的な様子に惹かれて読み始めたのだが、内容は本気度がすごかった。絵本への思いがぎゅうぎゅう詰めで、週末はこの1冊にかかりきりの読書タイムとなった。

 

著者は大阪にある千里青山団地に「青山台文庫」を設立した正置友子さんという方だ。本が好きで、ご自宅を週に1度開放して自営図書館を開くほどのパワフルさだ。後に団地内の広い所で図書館は再度スタートするが、著者の絵本にかける情熱はどんどんと大きくなったようだ。

 

なんと、54歳でイギリスのローハンプトン大学に留学され、6年間の学びと研究の記録がぎっしりと書き綴られている。まず、著者の研究対象は絵本で、それもヴィクトリア時代に限定されている。ヴィクトリア朝はヴィクトリア1世の御代である1837年から1901年を指し、産業革命でイギリスが絶好調だった時期にあたる。

 

ところで今年のヨーロッパはどこもエネルギーの逼迫や物価高に悩まされているという。イギリスも同様で、経済成長率のマイナス幅が広がり続けている。ヴィクトリア朝は世界の海を制すると言われた大英帝国も、今は威力を落としつつあるのが残念。

 

さて、産業革命期、識字率も徐々に上がり子供たちが絵本を読み始めるわけだが、それでも書物は貴重であったはずだし、誰もが簡単に手に入れることはできなかったはずだ。それこそ青山台文庫のように貸本屋があったり、読み聞かせがあったり、紙芝居があったりと、幾分子供たちと絵本の距離は縮まったとは言えるだろうが、高価であったことには変わりない。

 

イギリスだって日本同様、幼いうちから奉公に出たり、家事を支えたりと働く子供も多かったはずだ。貧困に苦しむ家計もあっただろうし、そこは日本と大きな違いは無いように思う。子供の人権が重視されるようになったのは本当に最近のことだから、当時の絵本が子供のみを対象にしていたのかどうか、そこはとっても気になる所だ。

 

さらに本書の表紙のように、絵本には「絵」が必要だ。挿絵の美しさはストーリーを凌駕するのでは?と思うほど見事な作品も多々ある。かつて博物館で見たことのある初版のシェークスピアの作品は文字そのものも美しかった。

 

そう考えると著者が絵本を児童文学というより、芸術して捉えたというのもよくわかる。経済繁栄とともに作品も多々出版され、時代の栄枯をも映しだす絵本たちに惹かれた著者は、約6年間、各地の図書館や博物館に訪れ、じっくりと研究を進めていく。しかも驚くべきは、本格的に勉強したいと考えて渡英するが、恐らく渡英前に研究題材についての具体的な案は無かったものと思われる点だ。本書の副題として「現代絵本の源流ウォルター・クレインに魅せられて」とあるが、著者がウォルター・クレインの書籍に出会うのは渡英後だった。

 

 イギリスに到着して早々に出会ったのが、ウォルター・クレイン(1845-1915)の絵本。運命的な出会いでした。

 運命的な出会いとして、直感し、それを我がこととして引き受け、未来に向けて行動することは、偶然を必然に変える。人間の自らの、止むに止まれぬ営みだったと思います。

森で狼に出会った赤ずきん[2]

Wikipediaにあったクレインの赤ずきんちゃんの挿絵を見ると、ぐっと引き込まれるような魅力がある。著者は研究の方向性をつかんでからは一直線に進んでいく。確かにこんな挿絵の絵本が数々目の前に現れたら興奮するに違いない。休むことなく研究を続け、ものすごい勢いで突き進んでいく。54歳から60歳までの間を英国で研究に費やしたことになるが、大学教授であっても60歳となれば退官するかたも多いのに、ご帰国後もずっと絵本の世界で活躍しておられる。

 

著者が留学していた1994-2000年、児童文学という分野は英国であってもまだまだ広く認知された学問ではなかったのではなかったのではないだろうか。文系の学科は数多く、子供の心理というのであれば心理学がより大きな派閥となっていただろうし、文学はそれこそ大御所揃いで少し距離がある。ハリーポッターの刊行は1997年だから、渡英すぐの頃には、「不思議の国のアリス」や「ピーターラビット」や「くまのぷーさん」などの超有名作品以外を研究対象にする人は本当に限られたことだろう。

 

著者の日本での活躍は、絵本を多くの人に手に取ってもらおうというだけではなく、学問として、より良い作品を作り出すべく、外に外にと伸び続けているように感じられた。学んだことが広く活かされるように、著者の思いのすべてが綴られた日記であり、研究記録であり、その真剣度が諸所に満ち溢れる読み応えのある一冊だった。真摯に研究に突き進む姿がものすごくカッコいいし、尽きない情熱に脱帽。