Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#398 江戸の生活苦に手を差し伸べる仲居さんのお話~「待ってる 橘屋草子」

『待ってる 橘屋草子』あさのあつこ 著

橘屋の情と縁。

 

ふと気が付くともう11月でそろそろ本格的に冬物出さねばと一息に冬支度を済ませた。そうだ、クリーニング屋さんに預けてあるコートも届けてもらわなくては。

 

しっかりと早寝早起しているにもかかわらず、いまいち調子が優れない。ぼんやりと頭が痛く、肩こりが抜けない感じでスッキリ起きることができない。この頃は肩凝りのせいで朝起きるほどなので、これは何か本格的に調子悪いのかな?と思っていたら、「気圧のせいじゃない?」と同僚に言われ、「これが噂の!」と急に自分が繊細になったような気分。

 

とりあえず気分ぼんやり、心が晴れない時は読書が一番の気分転換になる。そこに時代小説があれば尚よし。ということで、買いためてあるKindle本の中から本書を読むことにした。

 

著者の代表作と言えば「バッテリー (角川文庫)」が一番最初に出てくると思う。内容が野球関連といういことで、あまりスポーツに興味のない私はその一冊のために著者の作品を長く読まずにいた。この本を購入する時も実は少し迷ったのだけれど、時代小説なら…と試しに読んでみたくなった。

 

舞台は江戸の深川あたりで、そこに橘屋と言う料理屋があった。老舗ではないけれども名の知れた店で武家や商人の固定客も多い店である。12歳のおふくはここで奉公することになる。下駄職人の父親が病に倒れ、母親一人の腕では家族を支えることができない。おふくには小さな妹もいて、家族は困窮するばかりだった。

 

そんな折の奉公の話におふくは涙は見せないと心に誓い橘屋へと出向いた。橘屋の仲居頭、お多代はそんなおふくに目をかけ、厳しくもしっかりと仕付けていく。そもそもおふくは他の娘たちよりも実直によく働いたし、無駄口をたたくことも、大人の会話に口をはさむこともなかった。

 

物語はおふくが橘屋で働くこととなり、お多代に出会ったことから始まる。それぞれの章は橘屋と薄い縁のあるものが次々と登場し、お多代の一見厳しい言葉や態度が表には立っているけれど、実は深い情で人助けをしていることがよくわかる。短編に出てくるものは皆、何らかの問題を抱えており生活苦にあえいでいて、そのほとんどが家族の大黒柱が病に倒れることに発端がある。

 

舞台は料亭ではあるが、料理の話や料亭の運営の話などはほぼ出てこない。そこに居る人たちの人生がテーマとなっており、一人一人の問題はそれなりに重い。妻が働きに、子供は奉公に出て、どうにか夫の薬代を稼ぐもやはりどこかで行き詰ってしまったり、稼いだお金を吞み潰してしまう夫に愛想をつかしたりと、妻にも大きな試練が押し寄せている。お多代は自身も苦労したことから、そんな人の辛さに敏感なのかもしれない。

 

お多代は決してべたべたした優しさをみせることはなく、厳しさばかりが目に付くのだけれど、実はお多代も店のために、その相手のために、必ず理解させて仕事に活かせるようにストレートに当たっているだけで心はものすごく温かい。きっと今の社会でこんな教育方針を取ったらパワハラだのモラハラだのと文句を言われることだろう。でも皆不当に叱られてしまったとは思ってはいないし、お多代に支えられていることを実感しているものも多く、いじめのような流れではない。

 

私なら「無理」と思ったら救いの手を差し伸べることはしないと思う。一人一人に目を向けて、業務の進捗を把握することすら大変だし、根気よく教えるのは本当に大変なこと。もし、教わる側がおふくのように真意を理解しているならば、教える側も自分の学んだものを授けたいと思うはず。なぜかわからないけれど、この本を読みながら昨今のKK問題を思い出してしまった。

 

タイトルの「待ってる」は心の強さを表しているもののように思う。ほっこりというより、考えさせられる時代小説かも。