Dahlia's book log だりあの本棚

読書で得た喜びをここに記録として残します。 こんな本を読みましたという備忘録として。

#217 和装がランウェイを席巻する日を妄想したくなりますよね

 『あきない世傳 金と銀(10)』 高田郁 著

太物のみを扱うこととなった五鈴屋の快進撃。

 

ふらふらとAmazonを徘徊していたら新刊が出ていると知り早速購入した。時代小説は読み終わった後に押し寄せる満足度が高いものが多いけれど、高田郁さんの作品は実生活に活かしたいと思えるところが多く、毎度感動させられる。

 

このシリーズには2本の軸がある。一つ目は舞台。主人公の幸は大阪の呉服屋「五鈴屋」へ奉公にでるのだが、そこで主筋に見込まれる。器量もよく知恵のある幸は後に五鈴屋へ嫁ぐこととなる。商いの基礎を学ぶに適した環境でもあったことから、幸の聡さは五鈴屋へ新しい息吹を吹き込んでいく。それが10巻目までの前半である。後半から軸は大阪から江戸へと移る。かつての大阪は女性が商いを束ねることができず、今風に言えば会社の代表取締に女性が付くというのはあり得ないことだった。そこで縛りの薄い東京へ支店を出そうと幸は考える。信用できる数人のみを引き連れて東京へ進出する関西企業と言うところだろうか。江戸は大阪とは異なり、人も多いし武士も多い。ここでもまた幸の機転が江戸五鈴屋を盛り立てる。

 

もう一つの軸は商材。元来五鈴屋は呉服屋で、呉服とは絹で作られた反物を指している。絹織物であるから高価なものが多く、庶民の手には届きにくいものが多かった。とはいえ当時のアパレルと言えば着物なわけだから素材、色、デザインなどの流行がある。同じ絹でも産地が違えば価格も異なり、五鈴屋ではそれをいかに庶民の手に届きやすいものにするかに知恵を絞ることで大成した。それが東京に移ってからは太物へと軸が大きく動く。太物は麻、綿などを指し、絹よりももちろん低価格で価値も落ちる。五鈴屋は絹の扱いを自らの意思で止めたわけではなく、組合から取扱停止の命をうけ、太物へと商いの要を変えざるを得なかった。

 

この小説の素晴らしいところは、人間万事塞翁が馬がごとく、どんな屈強でも乗り越えていくところにある。誰にでもできることではないからこそ、前進し続ける五鈴屋に心を動かされる。私なんて一つ嫌なことがあればくよくよと何時までもわだかまりを乗り越えることができないでいるのだが、小説の中とはいえ幸はロールモデルに人物そのもの。男性が読んでも商いがベースとなっているだけに共感できるところはたくさんあるだろう。幸のような凛とした女性になりたい。

 

着物がテーマとなっているこの作品を読んでいるうちに今や浴衣すら花火大会の日くらいになっていたけれど、久々に袖を通したくなってきた。確かに着物を着ると背筋が伸びるというか、なぜか嬉しくなる。わけもなく女っぷりが上がるような、大人びた気持ちにもなったりして、はしゃぐ気持ちよりも肝が据わるような感じ。かっこいい人が多いのだ、着物に身を包み背筋を伸ばして日々を送る人々は。覚悟が決まったような、強さが滲み出ているけれどもそこにたおやかさがある。いいなあ、着物。せめてこの夏は家では浴衣で過ごそうかな。そんな気になってくる。

 

たまに日本嫌いな若者の記事なんかを目にすることがあるけれど、きっと外に出る経験や客観的に世界の中の日本を見る目を養う機会がなかったんだろうなぁと残念に思うことがある。衣食住における日本人の美意識や感性は日本ならではのもので、それがわかるようになったのは旅や海外での生活があったからだと思うのだけれど、先人たちが築いて下さったものの素晴らしさをいつかは愛でる気持ちになれる日が来ますようにと願わずにはいられない。この本にもビジネスの上での気構えのようなものがたくさんつめられており、なぜ日本の企業が信頼を大切とするのかなどなど、学びも深い。

 

ところで高田郁さんの作品は読み始めたら止まらなくなり、頭の中に情景がよぎってくるのがすごい所だと思う。ドラマ化に挑戦したくなる人は多いだろうし、きっと台本作りもさっとできるに違いないだろう。何せ読み手は本を手にした途端に自分の頭に江戸の町が大阪の町がぱーっと浮かんできているはずだもの。だからこそ大ヒットが続いているのだろうと思う。この作品がきっかけに世界で和装が流行るなんてことはないだろうか。まあ、お手入れが大変なのが問題か。でも浴衣なら洗濯機で洗えるし、濡れたままつるしておけばアイロンもいらないような気もするぞ。草履や下駄じゃなくてビーサンならより涼しいだろうし。まあ、荷物多めの人にはバッグ選びが大変か。でも背が低い高い、痩せてる太ってるも調整しやすいし、帯が大変ならボタン使うとかすれば海外でも受けいられたりしないかなぁ。など、一人で妄想を楽しんでいるところ。

 

この作品はまだまだ続いて欲しいなと思う。できればハッピーエンドで五鈴屋が今も続く企業となっているくらいの想像ができるような太物屋になって、誰一人欠けることなくみんな元気のまま終わって欲しい。ああ、続きが楽しみである。