『Less』 Andrew Sean Greer 著
洋書。サンフランシスコに住む50歳の作家の恋愛ストーリー。
ここ数年公私いろいろな理由で年に数回香港を訪れていた。最近香港に起きていることを見るたびに心が痛む。
これは多分2年くらい前にIFCモールで購入した本だと思うがあまりはっきりと覚えていない。海外では書店に立ち寄ることが多いのだが、この時は表紙にあったWinner of the Pulitzer Prize For Fiction 2018の文字(表紙右側の金色の丸の中に書いてある)に惹かれて購入したはずだ。裏に貼られたシールにはHK$117.00とある。
その後、しばらく手に取ることなく書棚の中にひっそりと収められていたのだが、在宅勤務が続いた際、ふと「そうだ、音読の練習をしよう」と思い立ち読み始めた。といっても日に5ページくらい音読していた程度なのでじっくり読んだという満足感はあまり得られてはいないけれど、読み終えて「ああ、よかった」と思えたので一応記録として残しておくことにする。
ちなみにこの作品は翻訳版もあり、2019年の8月に出版されている。
Arthur Lessは売れない作家で50を迎えたばかりなのだが、ある日昔の恋人から結婚式の招待状を受け取った。この「結婚」がArthurの心を動揺させるわけなのだが、昔の恋人に未練があるというだけではなく、恐らく結婚という社会の制度であったり、習慣であったりについても、彼は何か及び腰になるようなところがあるのだろう。とにかく動揺する。ああ、どうしよう。
Arthurはゲイだ。LGBTQがテーマの書籍は最近増えているような気がするが、昨今ではアメリカでのBLMも加えてマイノリティーが主題になるものが多いような気がする。先日BBCを見ていたら、秋はクリスマス商戦を前に新刊が続々と出るシーズンなのだが、パンデミックの影響もあり書籍の売り上げは思った以上に良いらしい。テーマも多彩だが、目立って増えているのがLGBTQがテーマとなる書籍だとのこと。
Arthurはかつての恋人が、長く長く愛し合ってきた恋人が、自分以外の他の男のものになるという現実から逃げようとする。結婚式になんて行きたくもないのだが、だからといって欠席の返事をする気にもならない。そんな現状から逃げてしまおうと海外での仕事をいくつも入れ、サンフランシスコから逃げ出した。サンフランシスコと言えば虹のモチーフがいくつも見られるくらいにLGBTQにフレンドリーという印象があるが、実際はどうなのだろう。テレビなどではウェルカムな雰囲気で報道されているがクリスチャンもモスリムも同性愛は信条として受け入れてはいない宗派が多いと聞く。とにかく、Arthurはそんなサンフランシスコに住む、50歳の、冴えない作家というわけだ。自ずとどのような人物であるかは想像つくと思う。
Arthurの旅はまずサンフランシスコを脱出してニューヨークへ行く。そこから遠く海外への旅がスタートする。ベルリンではもともとArthurはドイツ語が得意で、現地の大学で講師のようなことをする。ところがドイツに行っても前彼のことを思い出す。打ち消すように男の子と出会うのだがやっぱり心は過去の若かったサンフランシスコにいるArthurへと執着する。次にモロッコへの移動するのだが、その前に「そうだ、パリだ」とパリに寄り道。数日に滞在の後に(しかも満席だとかで次の便への移動を申し出るなどアクシデントあり)モロッコへ。アフリカの歴史に圧倒されつつ、今度はインドへ。全くことなるアジアの文化にもまれつつ、最後に京都を訪問する。行く先々で同じように悶々とし、弱ったり、強がったりと心の波が見え隠れする。
とても繊細な人の心がぽっきり折れる寸前という感じの内容だ。旅行本として読むには物足りないけれど、50歳になり若かったころの純粋な恋愛の思い出をここまで愛おしく、嫉妬するほどに深く、逃げ出したくなるほどに狂おしくあれるのは羨ましいと思った。どうだろう、男性のほうが過去の恋愛に執着するのだろうか。
今度また時間をおいて、音読ではなく精読してみたいと思う。